HOME > SPECIAL CONTENTS【実践】桑田真澄さんに聞く、勝てる脳と身体のきたえ方
【実践】桑田真澄さんに聞く、勝てる脳と身体のきたえ方 連載第1回 | 2019.4.25

野球を科学的に捉えて、野球界に意識の変革を

元プロ野球選手の桑田真澄さんが、2019年3月よりSBSプロジェクトのリサーチプロフェッサに就任した。周知の通り、桑田さんは、読売ジャイアンツのエースとして20年以上にわたり活躍した後、ピッツバーグ・パイレーツでメジャーのマウンドに立った名投手。引退後も少年野球の指導やプロ野球解説、東京大学運動会硬式野球部の指導などにあたるとともに、東京大学大学院総合文化研究科で科学的な視点から野球の研究を行ってきた。新連載ではスポーツ脳科学の観点から、勝つための脳と身体のきたえ方について聞いていきたい。


「ドーン」「ビシッ」「バシャーン」だけでは伝わらない

—桑田さんは、現役引退後は少年野球の指導やプロ野球解説、執筆・講演のほか、2014年からは東京大学大学院特別研究員としてスポーツ科学の研究をされています。現在の問題意識についてお聞かせください。

桑田: 僕は長年、野球界に身を置いてきた者として、この世界の指導者の意識を変えなければならない、と考えてきました。というのも、いまだに野球界では、「ドーンと行け!」とか「ビシッと投げろ!」といった、抽象的な表現が飛び交っているからです。もちろん、元選手の感覚や経験は重要ですが、科学的根拠を添えて教えられる指導者はほとんどいないのが実情です。

しかもいまだに、「野球で大事なのは根性と気合だ」などと言って、朝から晩まで非効率的な練習を強いる指導者もいます。しかし、選手にとって本当に必要なのは、スポーツ医科学に基づいた技術とコンディショニングのはずです。

僕はある時、プロ野球界の名投手だった先輩に、「ピッチングの極意を教えてください」と質問したことがあります。すると、「よっしゃ、わかった。いいか、ピッチングというのは、まずこうやってウーンってするだろ」と言って、お腹の前に両手で樽を抱え込むようなジェスチャーをして、その手をグルグル回し始めたんです。

「その、ウーンというのは何ですか?」と尋ねると、「おまえ、わからないのか、ウーンはエネルギーのことだよ。ここからバシャーンと行け!」と言われました。思わず、「それだけですか?」と聞いたら、「それだけだよ、極意は。このウーンが大事なんだ」と言われて、びっくりしました。

—笑

柏野: 確か、その方がテレビ解説をしていた時も、大谷翔平投手の投球を見て、「この子はウーンがない。ウーンが足りないから肘が壊れるんだ」とおっしゃっていましたね。

桑田: 「ウーン」というのは、間とか、タメのことだろうと思いますが、残念ながら、これだけでは技術論を若い世代に伝えることはできませんよね。

野球界で伝えられてきた常識

桑田: 同様に、野球界ではいまだに非合理的な指導が行われています。

たとえば、守備練習では、よく「腰を低くしてグラブを顔に近づけて捕球しろ!」と指導されます。でも、顔にグラブを近づけたら、ボールを捕りにくいですよね。ところが、昔の文献を読むと、「腰を低くして、グラブと顔を近づけて捕りなさい」と記されているものが確かにあります。さらに、「万が一、イレギュラーして額にボールが当たっても、額は硬い」と書いてある。

—えーっ!笑

桑田: いやいや、「硬い」じゃなくて、「痛いだろ」と思うわけです。おそらく、昔の人は、自分の動作を超スロー映像などで見たことはありませんから、グラブと顔を近づけるような「感覚」で球を捕っていたということだと思います。しかし、守備が上手な選手は、グラブに顔を近づけて球を捕ることはありません。いつイレギュラーしても咄嗟に反応できるように、むしろグラブと顔が離れた位置でボールを捕っているのです。

「肩を下げるな」という指導は正解なのか

桑田: 投球フォームについても、僕は長年疑問を抱いてきました。多くの指導書には、「肩を地面と平行に」するように書かれています。そして、「肩よりも肘を高く上げて投げなさい」とも指導されます。ところが、体重移動の際に肩を下げずに投げようとすると軸足の股関節に体重が乗らず、肩や肘に負担がかります。

僕自身、現役時代にシーズンの半分ほどそうしたフォームを試したことがあります。結果は極端に疲労が蓄積しました。肘、肩、腰にハリが続いて、次の中5日間程度の休息では疲労が回復しませんでした。

日米の歴代名投手の写真を見ても、ほとんどの投手が右肩(左投げは左肩)を下げて体重移動しています。僕は、中学時代から雑誌に掲載された投球フォームの分解写真をノートに貼って、研究してきました。僕なりの結論では、歴代名投手のフォームは足の上げ方や腕の角度はバラバラですが、利き腕の肩を下げながら体重移動をしている点は共通していました。

つまり、ほとんどの名投手は指導書に書かれたようには投げていないわけですね。逆に、肩を下げないフォームの投手は若いうちは結果が出ても、故障が多くて短命で終わる傾向にあると思います。

—それなのに、なぜ肩を下げるなと指導されるのですか?

桑田: 昔はスロービデオやコマ送りで映像を見ることができなかったので、実際の動作よりも選手自身の感覚が優先されたのだと思います。投手は打者よりも高いマウンドに立って投球しますから、リリースの瞬間に限って言えば、地面と水平に球を押し出すのではなく、上から投げ下ろす感覚が合っていると思います。足を上げてから体重移動する時は、良い投手ほど脱力して無意識で投げているでしょうから、こうした感覚と実際の動作のギャップが生まれるのかもしれません。

僕は二十歳の頃、取材で宮崎キャンプに来られていた大先輩の投手にも伺ったことがあるのです。「質問していいですか?」と言うと、「おお、なんだ」と答えてくれました。そこで恐々と、「先輩は、左肩をすごく下げて投げていましたよね(注=左投げ投手)。僕は先輩のように肩を下げて投げるのが好きで、写真を切り抜いて参考にさせてもらっていました」と、伝えたんです。

すると、大先輩の表情がサッと変わり、「桑田君、ピッチャーは肩を下げることは一度もない!常に上から投げ下ろす!」と、憮然として言われたのです。このときのやり取りは、今でも強烈に覚えています。

柏野: なんと(笑)。ご自身の写真を見せても、肩を下げていないとおっしゃるのでしょうか?

桑田: いや、僕にはそこまで聞く勇気はありませんでした。でも、どの先輩に質問しても、「体重移動時に肩は下げてはいけない」と言われてしまうのです。

打撃の常識、「最短距離で打て!」を疑え

桑田: 捕球や投球だけでなく、打撃に関しても誤解は根強く残っています。バッティングの指導で言われる「最短距離で打て!」というフレーズです。この表現を言葉通りに理解すると、バットを構えたところから最短距離で振り出せ、ということを意味します。より直接的な表現で、上から下へバットを振り下ろせと指導されることもあります。

しかし、僕は「最短」ではなく、スイングスピードが「最速」であることが大事だと考えています。走塁でも、ベース上を直角で曲がって最短距離で走るより、曲線を描いて走るほうが最速で到達できます。これは、理論的には「最速降下曲線=サイクロイド」で説明できると思いますが、バットは最短距離で振り下ろすよりも、なだらかな曲線の軌道でスイングした方がインパクトまでの時間も速く、インパクトの瞬間のヘッドスピードも速いんです。

しかも、投手にとっては、ダウンスイングの打者は打ち取るのがとても楽なのです。ダウンスイングだと、ボールとバットの接点は1点だけなので、非常に確率の低い打ち方ということになります。

—またしても不思議ですが、なぜ、そのような誤った指導をするのでしょうか?

桑田: 一つには、王貞治さんの素振りが影響していると思います。王さんが打席に立つ前、ネクストバッターズサークルでさかんにダウンスイングをしているシーンを記憶している人も多いのではないでしょうか。あるいは、真剣を使ったスイングの映像を覚えている方もいるでしょう。

—真剣を振っていた映像はとても印象に残っています。確かに上から下に刀を振り下ろしていましたね。

桑田: ところが、いざ試合になると王さんはわずかにアッパースイングでボールを打っています。

長嶋茂雄さんも、指導のときはやはり、「最短距離にバットを出しなさい」とおっしゃっていました。ところが長嶋さんの現役時代の映像を見ると、バットの軌道は曲線を描いています。

昔の文献には、「鼻をこするようにバットを出しなさい」と書いてあるものがあります。実際には、そんな軌道でバットを出して、一体どうしたらボールに当たるのか不思議です。でも大打者の落合博満さんですら、「自分の顔の前をバットが通るように振る」と書いています。これはまさに、感覚と実際の動作にギャップがある好例です。

王さんのダウンスイングの秘密を解き明かす

桑田: 僕はこうしたギャップが不思議だったので、ある日、思い切って王さんにお聞きしたんです。「日本では、打撃の際に最短距離でバットを出せとか、大根切りみたいな打ち方が基本だと言われますが、それは王さんの影響ですよね?」と。すると、「なんでだ?」とおっしゃるんです。「だって、王さんがダウンスイングで素振りをするから、皆、それが正しいと思って真似るわけですから」とお伝えしたのです。すると、「まぁ、言われてみれば、そうだな。確かに、上から下に打てと指導してきた」と。

「じゃあ、王さんは試合ではどう打っているのですか?」とお聞きしたら、「俺はアッパーで打っている。そのほうが確率が高いだろう」とおっしゃっていました。

—笑

桑田: 「それでは、どうして素振りではダウンスイングをするんですか」と聞いたら、「打席に立つ前にダウンスイングをすることで、ちょうどいいアッパースイングになるんだ」とおっしゃったので、僕は大いに納得しました。

「王さん、それをちゃんと王さん自身の口から皆に伝えてください。野球界全体の指導がおかしくなってしまいますから」とお願いしたところ、「桑田、おまえが言ってくれ。感覚ではダウンスイングが大事だけれど、実際はアッパーで打っていると言ってもらって構わない」と言われて、本当に困りました。

—それは、責任重大ですね。

桑田: 僕はピッチャーですからね(笑)。やはり世界のホームラン王の王さんの口から言っていただかないとダメだと思うのです。

イチロー選手にも聞いてみた

桑田: ちなみに、イチロー選手が打席に入る前の素振りは王さんとは逆で、ゴルフスイングみたいなアッパースイングなのです。デビュー当時はそれが批判されていましたが、僕は「あの素振りは理にかなっている」と言っていました。すると周りからは、「おまえは、バッターじゃないからそんなことを言うんだ」と僕まで批判を受けました。

でも、僕にはアッパースイングで素振りすることには意味があるという確信がありました。というのも、アッパースイングだと右肩(左打ちなら左肩)が前に出ないからです。逆に上から振り下ろすダウンスイングだと後ろに引いた右肩が早く前に出てしまいます。そうするとピッチャーとしては打ち取りやすい。重心のバランスが崩れて、飛距離が出ないからです。

そこで、実際にイチロー選手に会ったときに、「なんでそういう素振りをするの?」と聞いたんです。すると、「桑田さん、聞いてください」と言って、真意を教えてくれました。「野球の指導者って、皆、ダウンスイングで打てって言うじゃないですか? でも、僕はあれでは打てなかったんですよ。そこで、後ろの肩が早く前に出ないようにした方がいいと思って、今みたいなスイングにたどり着いたのです。後ろの肩が早く出ないことをいつも意識しています」と、言っていました。

そこで、「じゃあ、最短距離で打つのは?」と聞いてみたところ、「そんなこと意識したらダメですよ、打てません」と断言していました。

柏野: イチロー選手が、「バッティングはいかに胸を見せないかだ」、とおっしゃっていたのを聞いたことがあります。

桑田: 同じことですよね。後ろの肩を出さなければ、胸も見えないので。

柏野: イチロー選手の動きを調べると、バッティングの際に、腰が回ってもう走り出しているように見える場面でも、手はまだ振り切っていなくて、スイングの軌道を変える余地が残っているんですね。胸を見せない、肩を出さないということの裏には、最後までボールの変化に対応する余地を残しておくという意図があって、それを自然にやっているんだと感じました。

桑田: そうですね。イチロー選手が大活躍したことで、彼の素振りが評価されるようになりました。それでもいまだに、「イチロー選手は特別だから」とか、「おまえはイチロー選手じゃないのだから」などと言って、昔ながらの指導をしている指導者が多いのは残念です。

問題の本質は、実際の動きと感覚のズレにある

柏野: ただ、習う側からすると、実際に起きていることをそのまま伝え聞くよりも、真逆に近いことを言われて初めて伝わることもあるのかもしれないとは思います。

桑田: それはわかります。王さんがおっしゃるように、感覚としてはダウンスイングで振るイメージを持つことで、最適なアッパースイングに近づくということはあるのかもしれません。

柏野: ええ。自分の感覚のイメージと、実際に起きていることが整合していれば、イメージ通り身体を操ることができますが、たいていの人間はそれができないわけですからね。つまり、感覚から実際の動きへ逆にマッピングして、さらにそれをどう伝えれば最適な動きに近づくのか、感覚のイメージを翻訳しながら教えるのは至難の技です。

だからこそ、逆のことを言うくらいのほうが、中庸に落ち着くということはあるのかもしれないと思っています。

実際に私自身、埼玉西武ライオンズの小石博孝投手からアドバイスをいただいて、それ以来、投球の調子がいいのです。その際、言われたのが、「体重移動をしないで、その場で回転するイメージで投げてください」ということでした。自分の場合は、体重移動をしようと思うあまり、突っ込みすぎて頭が前に出てしまっていたんですね。アドバイス通りやってみると、不思議なことに自然に体重移動ができるようになり、楽に投げられるようになりました。

しかも、自分のイメージでは、その場で回転するイメージだと、めちゃくちゃ不恰好な投げ方をしているように感じたのですが、小石投手から、「だいぶプロっぽい動きになりましたよ」と言われて、びっくりしました。このスポーツ脳科学実験棟には、投げ終わった直後に投球動作の映像が自動再生されるシステムがあるのですが、その映像で確認したら、意外にいい感じに投げていたんですね。

桑田: おそらく、体重移動を意識しないことにより、結果としてむしろバランスよく体重移動ができていたんだと思います。右の股関節から左の股関節へ重心が自然に移動し、続いて体幹を使ってボールを投げられたのでしょう。柏野さんの場合は、これまで左の膝の外側に体重が乗ってしまうことがありましたから。

柏野: まさにそうです。そこで力が逃げてしまっていたんですね。体重を股関節に乗せようと思わなければ、逆に乗るというのも不思議ですが。イメージからはズレていても、それが正解ということがあるのだと実感しました。

桑田: そういう意味では、ビデオを使って、実際の動きと感覚を一致させていく作業は、これからもっと重要になっていくと思います。

もっともらしく聞こえる常識を覆すことの難しさ

—いまはビデオで確認できるわけですし、実際の動きと感覚のギャップを踏まえたうえで、正しく指導していくべきですよね。

桑田: 従来は、指導者がよく使う言葉に騙されてきた部分もあると思うんです。「肩と地面は平行に」とか、「肘は肩よりも高く」と言われて、間違ったように聞こえますか?「グラブと顔は近く、腰は低くして捕りなさい」とか、「バットは構えたところから最短距離で振る」と言われると、なんとなく正解のように聞こえるでしょう? 

僕がテレビ中継で解説をしていた時、ある選手がホームランを打ったんです。すると隣にいた野手の先輩は、「構えたところから、最短距離で上から下へ振り下ろしましたね。だから外野スタンドの上段の看板まで飛ぶんですよ」と言ったので、驚きました。目の前では、低めの球をアッパースイングでとらえたスロー映像が映し出されていたからです。それでも、もっともらしく聞こえるので、周りは納得していました。

もし野球解説で、「この選手は調子が悪いですね。桑田さん、何か一言アドバイスをお願いします」と言われた時に、「このバッターは20打席ヒットが出ていないんですけど、それは、バットが下から出ているからですね。構えたところから最短距離で振るようにするといいですよ」と言ったら、皆が「なるほど」と言って頷くでしょう(笑)。

染み付いてしまった常識を変えるのは、なかなか難しいと感じています。

暴言や体罰はスポーツにいらない

桑田: もう一つ、スポーツ界で変わらなければならないと思うのが、暴言や体罰を伴う指導です。もちろん、若い指導者を中心として確実に意識が変わり始めているし、ライセンスを取得したり、スポーツ科学の勉強をしたりしているコーチも出てきました。ところが、指導の現場ではいまだに「バカヤロー!」「コノヤロー!」と怒鳴る指導者がいます。

僕自身、若い頃は、指導者に異を唱えようものなら殴られ、「言われた通りにやればいいんだよ!」と怒鳴られたものです。

柏野: あるスポーツの高校生の試合を観戦した際に、あるチームの監督が試合中ずっと選手に暴言を吐き続けていたのを見たときには、本当に驚きました。あそこまで暴言の連続だと、選手も聞き流していて、もはや何かの効果音の一種なんじゃないかと思うほどでした……。

桑田: 僕はいまこそ、日本のスポーツ界がスポーツマンシップという価値観を実践すべき時期にきていると思います。怒鳴られたり殴られたりしないとプロになれないなんて、おかしいですよね。僕は子どもの頃からずっと疑問に思ってきたので、僕自身は後輩や教え子を殴ったり、罵声を浴びせたりしたことはありませんでしたが、それは少数派でした。

試合中に、先輩から「おまえもヤジれ!」と言われたこともありましたが、ヤジったことも一度もありません。そんなことをするのは嫌だし、スポーツマンらしくないと思ったからです。

ただ現状は、怒鳴る指導者のチームが勝ったりするので、なかなか変われないのですが。

柏野: いまは、究極の選択を迫られていますね。暴言や体罰はあるけれどチームを強くできる指導者と、理論的な指導をするけれどチームを強くできない指導者と、どちらを選ぶかという。

桑田: そうですね。でも、「俺たちの時代には殴られて、怒鳴られて、朝から晩まで練習したからプロ野球選手になれたんだ。おまえもそうだろう?」などと言われても、いまの僕ならはっきりと「違う」と答えることができます。もし、その指導が正しいのであれば、全員がプロになっているはずだからです。僕とその人は偶然プロになれましたが、実際にはもっとほかにいい指導があったはずだと思っています。

もっとも、選手の側も自主性に欠けていて、言われたことしかできないという面もあるでしょう。それでいて、厳しい練習が続くと、ズルをする方法を覚えてしまう。監督やコーチが見てないところで、トレーニングの回数をごまかしたり、さぼったり。むしろ、そういう選手の方が伸びたりしています。練習で疲れ切ってしまい、授業中に寝ている選手も多い。学生野球として悪循環ですよね。

SBSのリサーチプロフェッサに就任

柏野: 一方で若手選手を中心に、この厚木のスポーツ脳科学実験棟に来て、計測したいと言ってくる人が増えています。まだ少数派かもしれませんが、確実に意識は変わりつつあると感じています。

桑田: ええ、10年後、20年後には、実際の動きと感覚を一致させる意識が浸透していると思います。

柏野: そのためには、研究者側も変わらなければならないと思っています。現状は、ハイスピードカメラで撮ったり、スピードは何km/h、回転数は毎分何回と示したりするだけでこと足れりという研究者がほとんどです。それだけでは、パフォーマンスを向上させることはできませんからね。むしろ逆効果になることすらあります。

データをそのまま出すのではなく、どうやってその人の感覚に変換して伝えればいいのかとか、打たれにくいピッチングとはどういうものなのかとか、イップスやあがりを克服するにはどうすればいいのかなど、実戦に即した知見を提示していかなければならないと思っています。それこそが、我々、研究者の役割です。

ちなみに、桑田さんは2019年3月から、SBSプロジェクトのリサーチプロフェッサに就任されました。これまで感じてこられた問題意識を踏まえて、パフォーマンスの向上に役立つ研究を一緒にできることを、非常に楽しみにしています。

桑田: はい。このスポーツ脳科学実験棟は屋内なので天候に左右されませんし、計測に適した環境です。実際の映像や生体情報などを使いながら、実戦に近い環境で研究できるのはとても興味深いですね。

また、この連載の中でも、実際に身体を動かしながら、どうすればパフォーマンスを向上させることができるのか、僕の経験を踏まえてお伝えしていきたいと思っています。

柏野: 引き続き、どうぞよろしくお願いします。

(取材・文=田井中麻都佳)


桑田 真澄 / Masumi KUWATA [ Website ]
1968年 兵庫県生まれ 大阪府出身。PL学園高校で甲子園に5季連続出場(優勝2回、準優勝2回)。1985年、ドラフト1位で読売巨人軍に入団。2006年、メジャーリーグ挑戦のため21年間在籍した巨人軍を退団。2007年、ピッツバーグ・パイレーツでメジャー初登板。2008年3月に現役を引退。通算173勝。2010年、早稲田大大学院スポーツ科学研究科修士課程修了。現在は東京大学大学院総合文化研究科で特任研究員として研究活動を続けている。その他、野球解説、評論、執筆活動、講演活動も行っている。著書に『常識を疑え』(主婦の友社、2015年)、『東大と野球部と私』(祥伝社、2016年)他。

柏野 牧夫 / Makio KASHINO, Ph.D. [ Website ]
1964年 岡山生まれ。1989年、東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了。博士(心理学)。 NTTフェロー (NTT コミュニケーション科学基礎研究所 スポーツ脳科学プロジェクト統括)、東京工業大学工学院情報通信系特任教授。 著書に『音のイリュージョン~知覚を生み出す脳の戦略~』(岩波書店、2010)、『空耳の科学―だまされる耳、聞き分ける脳』(ヤマハミュージックメディア、2012)他。



RELATED CONTENTS

SPECIAL CONTENTS | 2019.4.25

第1回 野球を科学的に捉えて、野球界に意識の変革を


元プロ野球選手の桑田真澄さんが、2019年3月よりSBSプロジェクトのリサーチプロフェッサに就任した。周知の通り、桑田さんは、読売ジャイアンツのエースとして20年以上にわたり活躍した後、ピッツバーグ・パイレーツでメジャーのマウンドに立った名投手。引退後も少年野球の指導やプロ野球解説、東京大学運動会硬式野球部の指導などにあたるとともに、東京大学大学院総合文化研究科で科学的な視点から野球の研究を行ってきた。新連載ではスポーツ脳科学の観点から、勝つための脳と身体のきたえ方について聞いていきたい。

» READ MORE