SPECIAL CONTENTS 「勝てる脳」のきたえ方 「心」と「技」に脳科学で迫る 連載第11回 (中編) | 2018.4.16

誰にも止められないドリブルの極意 (中編)

ドリブラーは手品師に似ている!?

サッカーのドリブルの指導者として知られるドリブルデザイナー岡部将和氏。自身が開発した「カモシカ理論」を携えて、どんなタイプのディフェンダーでも、相手の動きを巧みに操り、華麗に抜くプレーは圧巻だ。なぜそのような神業が可能なのか。まるで手品を見ているかのような岡部氏の技に隠された謎に迫る。


何を見て、何を意識しているのか

—ドリブルの最中、見て、意識してから動いたのでは間に合わないということですが、岡部さんご自身は、プレー中は何を意識して、どこを見ているのですか?

岡部 一人目のディフェンダーを抜いたあとに、二人目がカバーに来るのかどうかとか、パスができる場所はどこかとか、抜いた後にシュートをどこに打とうかとか、周囲をぼんやりみながら、先読みしながらプレーしていますね。つまり、目の前のディフェンダーのことはほとんど見ていません。というのも、一人目は視野に入れておきさえすれば、どんな反応をされても、判断を間違えなければ必ず抜けますから。

柏野 一人目を抜くことは、ほとんど自動化されているということですか?

岡部 そうですね。サッカーでは「間接視野」という言葉を使いますが、ボールや人を直視するのではなく、間接視野で周囲をぼんやり捉えつつ、危ない領域にディフェンダーが入ってきたら、オートで間合いを取る動きを発動するイメージです。

—その域に達するのに、どれくらいかかりましたか?

岡部 高校を卒業する頃にはある程度できるようになっていたと思いますが、完成したのはやはりプロになってからでしょうか。

柏野 その感覚というのは誰かに習ったのですか?

岡部 いや、自分で体得しました。サッカーの勝ち負けは点数で決まるので、ドリブルの1対1に勝てるかどうかにそこまでこだわる必要はないですからね。僕のようにドリブルに特化して技を極めている人間にはなかなか出会えなくて、結局自分で考えて、メソッドとして確立しました。

柏野 岡部さんの理論は非常に興味深いですね。とくに岡部さんご自身の動きによって、ディフェンダーがどのような反応を示しているのか知りたいと思っています。

もしかすると、岡部さんのなさっていることは、手品師に近いことかもしれません。手品には当然、タネも仕掛けもあるわけですが、なぜ見抜けないのかというと、手品師がちょっとした身振り手振りで仕掛けから観客の注意をそらしているからです。岡部さんは、それをどこまで意識されているのですか?

岡部 相当に意識はしているつもりではありますが、実際に、物理的に自分がどのような動きをしているのかはわかりません。たとえば、トン、トンとボールをリズミカルに操りながら相手をかわすときには、間髪入れず、右足でボールをさばきつつ、左足を浮かせて、もう次の動きのための準備をしているとか、そういうことはとても意識しています。あるいは、本当は縦に切り込むのに、一瞬、横に行くぞと見せかけるために骨盤をしっかり入れるとか、そういう相手に見せるための姿勢もとても意識していますね。

柏野 なるほど、ますます興味が湧いてきます。

相手の反応を引き出すための仕掛け

柏野 技の中で、モノを見るということに関わるポイントはありますか? 仕掛ける側/仕掛けられる側、両面の相互作用を知りたいのですが。

岡部 あります。身体の脱力が関係していて、グッと力を入れて行くぞ!という姿勢を見せると、相手も来るぞと身構えますよね。一方で、ちょっと脱力してミスっちゃったみたいな雰囲気を出すと、相手はチャンスと思ってボールを取りに来ます。じつはそれは罠で、相手が突進してきたらカウンターで抜きます。こちらとしては、脱力しているときに、切り込める場所をつねに見て探しているのです。相手がボールを取りに来なかったとしても、一撃必殺で打てる場所は必ずあります。自分の判断さえ間違えなければ必ず勝てる。

逆に、相手はどう動くべきだったかというと、こちらが横に行くぞと見せかけたときに、縦に向かって来るのが正解なんですね。ところが、こちらが横に行くぞ!と見せかけたときに、縦に来る人間というのは基本的にいません。

柏野 それは、トップレベルのディフェンダーでも?

岡部 そうですね。ただし、実戦で、相手チームがものすごく組織化されていて、どんな動きをされても、絶対に相手との間合いを詰めるという約束事ができているチームには通用しません。一人抜いても、また次のディフェンスが必ずカバーに入ってくると難しくなります。もちろん、それでも逃げの一手はあります。抜くことはできなくても、いったん緩めて、攻撃を立て直します。

柏野 逆に、相手がド素人の場合はどうですか?

岡部 こちらの殺気を感じられない人はいますね。拍子抜けすることがあります。

柏野 ますます面白いですね。そうした反応が、訓練されたディフェンダー特有の動きなのかどうか。

岡部 確かに、もし相手がサッカーのルールなど何も知らない動物だったとしたら、僕の動きに引っかかることなく、ただやみくもに動きを止めようと、ファウルも恐れずに突進してくるかもしれません。なぜ、プロのディフェンダーが僕の動きにつられるのかといえば、ここを抜かれたらゴールを決められてしまうかもしれないという意識があるからではないでしょうか。

ただ、僕が突き詰めたいのは、たとえルールや組織の決まりごとがあったとしても、そんな約束事すらも凌駕してしまうような、人間の本能に関わる動きをどうやって引き出すか、です。こちらが仕掛ければ、どんな相手でも自動的にそう動かざるを得なくなる、というような究極の技を見出したいのです。

柏野 まさに、我々が研究している潜在脳機能のはたらきを解明することで、岡部さんの探究のお役に立てることがあるように思います。

動きを操るために必要な動きのモデル

柏野 視覚に関して言えば、たとえば動いているモノに対して眼球が追随する動きをするとか、あるいは誰かが何かに視線を向けたら、他の人も思わずそちらを見てしまうという共同注視(Joint Attention)といった、人間の発達の初期段階から組み込まれている基本的な機能があります。これらも、潜在脳機能の働きによるものです。手品師が利用しているのはまさにこの視覚の特性で、手品師が何かを見たら思わず観客もつられて見てしまうから、その間に別の場所にタネを仕込むことができるんですね。

ちなみに、自閉スペクトラム症の方の中には、こうした視覚に関する機能がうまく働かない人がいます。そのことによって、他の人と同じようなふるまいができなかったり、そのことによってコミュニケーションに支障が生じたり、ということもあります。

私が興味を持っているのは、一流のドリブラーやディフェンダーのように、特殊な学習を重ねた人ならではの動きや反応です。相手のわずかな気配をどう読み取っているのかとか、オフェンスの動きに対して、ディフェンスがオートマティックに同じような動きをするのかどうか、とか。それが一般の人と、どう違うのかを探りたいと思っています。

一流になればなるほど反応が速いのは、無意識に生じるたくさんの反射をうまく使っているからです。たとえば、大きな爆発音がしたら思わず身をすくめるとか、何か飛んできたら避けるとか、そういう動きは、学習するまでもなく生まれながらに備わっていますよね。ところが、スポーツのように状況が複雑になればなるほど、反応は遅くなるし、脳のさまざまな機能を使わなければ対処できません。それが訓練を重ねるとうまくオーガナイズされ、全体として最適に連動するようになるのではないかと考えています。

岡部 なるほど。僕自身、そういう反応をうまく使っている可能性はありますね。たとえば、僕がゴールを意識して動く素ぶりを見せると、ディフェンダーは怖くて、必ずシュートコースを消す方向へ動きます。ここを狙っているぞとわからせる動きをすることで、相手を思い通りに動かすわけですね。もう一つは、相手が不用意に飛び込んだら、一気に切り抜けるぞという殺気を放つことで、相手の動きを抑制する、ということもよくやります。

—殺気というのは?

岡部 姿勢ですね。姿勢を変えることで、相手に、あれ?何か動きがおかしいぞと気づかせるわけですね。

柏野 どういうレベルになればそういった殺気を醸し出せるようになるのか、逆にまったくの素人であれば、その殺気にすら気づかないのかどうかなど、いろいろ興味深いですね。

岡部 確かに一流の選手が相手であれば、殺気に反応することを前提にこちらもプレーしますよね。殺気を放つことで、相手が1mくらいパッと下がれば、後はフェラーリさながら一気に加速して抜くだけです。

柏野 自らの挙動で相手を思い通りに動かして道を開くわけですね。それを岡部さんが瞬時にできるのは、岡部さんが脳内に相手の動きのモデルを持っているからなんですね。車でも、ハンドルをどのくらい回せばどのくらい曲がるとか、アクセルをどう踏んだらどう加速するということを知っているから思い通りに運転できるわけですよね。それと同じで、自分がこう振る舞えば、相手がどう動くか予測できるから抜くことができる。そのモデルを岡部さんがどうやって獲得したかに興味があります。幼いときからの発達の一般的な過程で獲得したものなのか、あるいはサッカーをやり続けてきたことで得た特別な能力なのか。

岡部 後者のような気がしますね。小学生の場合は、どんなにサッカーが上手な子でも、トップアスリートのような動きはできませんから。

柏野 中学生の場合はどうですか?

岡部 中学生だと半々くらいでしょうか。小学生だと、殺気にも反応しないことが多いし、こちらが隙を見せるふりをすると、バチっと当たりに来てしまう子がほとんどです。

柏野 なるほど、面白いですね。いま、我々は野球やソフトボールでいろいろ計測をしていて、中学生のトップクラスの子と大人のトップアスリートを比較したりしています。たとえば、ストレートとチェンジアップのようにスピードやタイミングが違う球を混ぜて投げると、遅い球が来たときに、ちゃんとタメをつくってパーンと打ち返すことができる人とできない人がいるんですね。まだ、小学生では調べていないので、いつからそういう能力、つまり先ほど言った動きのモデルが獲得されるのか調べたいと思っているところです。

岡部 なるほど、それは面白いですね。

視覚の特性を活用して相手を欺く

柏野 次に、そういうモデルを獲得するためには、何を鍛えればいいのか、ということを探究したいと思っています。よく動体視力を鍛えるといい、などとまことしやかに言われたりしますが、モデルを持たないままでは、いくら動体視力だけ鍛えても、動きを予測して動くことには役立ちません。

むしろ、視覚の特性を理解して、利用することが大事だと思うのです。視線というのは、先述の共同注視のように相手の視線を操ることができるし、隙を突くこともできます。

そもそも目は何を見ているかというと、じっと何かを注視して見ているわけではなくて、眼球をあちこち動かしながら、狭い範囲をサンプリングしているんですね。だから情報の抜けがいっぱいある。

たとえば、サッケーディック・サプレッション(Saccadic suppression)というのがあります。これは、何かに視線を移した際に、新しい刺激を取り入れるために、眼球運動の最中に視覚の入力が抑制されるというもの。つまり、私たちが実際に得ている視覚情報というのは、かなり虫食いの状態なんですね。にもかかわらず、我々はそれをあたかも一連のなめらかな映像であるかのように、脳の複雑なメカニズムにより補完して認識しているのです。逆に言えば、その虫食いのところをうまく使ってやれば、相手の隙を突くことができる、というわけです。

おそらく岡部さんも、重心のかけ方や眼球の動きをうまく使って、相手を欺いているのだと思います。先ほど見せていただいたように、一瞬、重心をずらして、また元の位置に戻る動きも効果的ですよね。というのも、もともと見ていたところから視線を外して、別のところを見てしまうと、また元の場所を見ようとしても反応が遅れるからです。これを復帰抑制(inhibition of return)と言います。注視したところの分解能を上げ、精度よく検出ができるようになる一方で、いったん視線を外すと、元の場所の情報を見落してしまうのです。

岡部 なるほど、だから一度、動いた後に、もう一度、同じ側に動くと引っかかりやすいんですね。「1、1」という感じじゃなくて、「1タタ1」という感じで、「タタ」という短いリズムを入れるからかと思っていました。「タタ」のときに重心をちょっとずらすことで相手の注視が逸れた後に、元の側に重心を移すから、認識が甘くなるのかもしれません。

柏野 そう、見ようとしても見ることができなくなっている可能性はあります。ただ、その見えづらくなる時間というのは、範囲が決まっています。だいたい0.5秒から、長くてもせいぜい2秒くらいまでです。その範囲だけ認識できなくなるのです。

岡部 あぁ、なるほど。重心を動かすことで、視線を一度外すというのがカギなんですね。面白いですね。

柏野 その岡部さんが重心をずらす「タタ」の時間もぜひ計測してみたいですね。

(取材・文=田井中麻都佳)


岡部 将和 / Masakazu Okabe
ドリブルデザイナー。ドリブル技術を個人に合った形にデザインし、個の力の向上に特化したドリブル専門の指導者。「99%抜けるドリブル理論」を携えて、「誰でも抜ける」ドリブラーの養成を目指す。ネイマール、ロナウジーニョ、ダービッツなど世界屈指の選手たちと共演するとともに、原口元気、乾貴士、齋藤学といった日本代表アタッカーの指導も担う。SNSで配信している動画再生回数は8000万PV以上、Facebookのフォロワー数は約45万人(2018年3月現在)というサッカー界のインフルエンサー。座右の銘は「チャレンジする心」。

柏野 牧夫 / Makio KASHINO, Ph.D. [ Website ]
1964年 岡山生まれ。1989年、東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了。博士(心理学)。 NTTフェロー (NTT コミュニケーション科学基礎研究所 柏野多様脳特別研究室 室長)、東京工業大学工学院情報通信系特定教授、東京大学大学院教育学研究科客員教授。 著書に『音のイリュージョン~知覚を生み出す脳の戦略~』(岩波書店、2010)、『空耳の科学―だまされる耳、聞き分ける脳』(ヤマハミュージックメディア、2012)他。

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