SPECIAL CONTENTS 「勝てる脳」のきたえ方 「心」と「技」に脳科学で迫る 連載第11回 (後編) | 2018.4.16

誰にも止められないドリブルの極意 (後編)

ドリブルを成功に導く「時間」

岡部将和氏がどのようなタイプのディフェンダーが相手でも勝てるのは、相手の動きのモデルを持ち、人間の認知の特性をうまく活用して欺いているからだと考えられる。ただし、その成功には「時間」を味方につける必要がある。1秒よりも短い時間で動きを操ることができれば、人間の認知の隙を突いた究極の技を編み出すことも不可能ではないかもしれない。


消える魔球の秘密

柏野 岡部さんの動きを見せていただいて感じるのは、やはり、視覚の特性に即した時間やタイミングをうまく活用されているんじゃないかな、ということです。

先述したように、脳というのは、目や耳から得た感覚情報を等しく処理しているわけではなくて、その一部を優先的に処理して状況を認知しています。したがって、入力された情報というのはかなり虫食いの状態になっています。たとえば、前回触れた「復帰抑制」(inhibition of return)のほかにも、「注意の瞬き」(attention blink)と呼ばれる現象があります。これは同じ箇所で立て続けに短い時間にイベントが起こると、たとえそちらを見ていたとしても感度が落ちる現象です。その時間はだいたい0.5秒以下くらい。岡部さんは、それくらいの時間感覚で、うまく仕掛けて相手を欺いているのだろうと思います。

岡部 確かに思い当たるふしはあります。プロが相手でも、「ボールが消えた」と言われることがよくあるのです。もちろん、ボールを実際に消すことなどできませんし、相手が動けないようなタイミングでこちらが仕掛けているからだろうと思っていたのですが、相手にしてみると本当にボールが見えなくなって、何をされたのかわからない、ということがあり得るわけですね。

柏野 野球でも、まさにボールが消えたと言われることがあります。人間の目は、150km/hの球筋をすべて追うことはできないので、予測しながら見ているんですね。ここに飛んで来るだろうという位置を予測して、視線を飛ばすわけです。ところが、その予測した場所に球が来なければ、あたかも消えたように感じる。脳というのは、虫食いの感覚情報から辻褄が合うように、外界の像をつくり直して認識しているので、ときに辻褄が合わないことが起こり得ます。その前に得た情報と次に入ってきた情報の間のギャップがあまりに大きいと、うまく認識できなくなるというわけです。

通常の生活の中では、それほど急激に世の中が変わることはあまりないのですよね。さっきまであったモノからちょっと目を離したとしても、ふたたび視線をやればそこにあるのが普通です。ところが、スポーツでは非常に短い時間で状況が目まぐるしく変わるので、ときに脳の処理が追いつかないようなことが起こります。

そもそも、眼球を急激に動かすと、ビデオ撮影の手ぶれ補正と同じように、脳内で目ぶれ補正をしなくちゃならない。そうした処理をしないと、船酔いのような状態になってしまいますからね。それだけでも、脳にはものすごく負担がかかるんですよ。だから、つねにボールが動いたり、人の身体が動いたりして注意をいろいろとそらされると、ボールが消えたように感じるということも起こり得るのです。

—なるほど。だから、ボールを持たないオフェンスがサイドを駆け上がるフリーランという動きも、ディフェンダーの注意をそらすのに有効なんですね。

柏野 重要ですよ。それだけ処理する情報が増えるわけですから。

一方で、本当は見えていないのに見えた気がするということも起こり得ます。手品などでも、5回コインを投げて、6回目も同じように投げる素ぶりをすると、あたかもコインが投げられたと勘違いすることもある。予測することで、見えたように感じてしまうのです。

岡部 僕がプレーの中でスピードを意識しているのは、間違っていなかったわけですね。たとえば、1、2、3、4と動くとき、わざと3のタイミングを速くして、こっちに行くぞと見せかけると、相手の動きが遅れることがあります。

柏野 まさにそれです。いくら反応が速い人でも、目で見た情報を処理して身体を動かすには、それなりに時間がかかるので、人間である以上、絶対に対応できない時間というのがある。そこを巧みに使っていらっしゃるのだと思います。

じつはこの前、スポーツ雑誌『Number』の取材で、シカゴ・カブス(取材当時)の上原浩治投手にお話を聞く機会がありました。上原投手はメジャーリーグでも抑え投手として活躍していましたが、球種は基本的にストレートとスプリットの2種類しかないんですね。それなのに、なぜ打たれないのか。ご本人曰く、「あらかじめ球種がわかっていたら、簡単に打たれますよ」と。ところが、上原投手のストレートとスプリットは、最初の0.1秒はまったく同じ軌道に見えるため、投げられた直後、バッターはどちらの球種なのかを読むことができません。逆に言えば、最初にまったく同じ軌道に見えるように投げ分ける卓越したコントロール力があるからこそ、このトリックが成立するのです。

岡部 僕も途中までまったく同じモーションで、次の瞬間、違う方向に動いて、相手を騙すということをやりますね。

柏野 やはりそうなんですね。その際に、この範囲よりも時間がかかったら見破られてしまうというポイントがあるはずです。動きについても、見破られない適度なレンジというのがある。そこをうまくついているから、ボールが消えたり、動きが読めなかったりするわけですね。

一方、ディフェンダーの心得としては、何かに囚われて注視するのでははく、全体をぼんやり捉えることが重要なんだと思います。いわゆる剣術で言うところの「遠山の目付け」ですね。相手の剣や肩に注視するのではなく、遠くの山を見るように、全体を眺めろという。

岡部 「間接視野」で見るというのは、やはり重要なんですね。

コントロール力とクロックの短さがカギ

柏野 ただ、先ほどの上原投手のように、トリックを成功させるためには、相当に正確なコントロールとスピードが必要になりますよね。140km/hの球と100km/hの球では、視覚情報処理に許される時間はまったく異なるわけです。

岡部 確かに、僕自身、自分の思ったタイミングで思った場所にボール蹴れるようになる、ということを考えて練習を積み重ねてきたように、ドリブルで抜くためには正確なプレーが非常に重要になります。

それにしても、いったい時速何kmから認識が変わるのか、という境界が知りたいですね。

柏野 自分の感覚から言うと、投球の場合、おそらく120km/hくらいだろうと思います。110km/hくらいまでは目で追えるけれど、そこから先は様相が変わる。ちょうど時間的には0.5秒を切るかどうかというところです。140km/hの球と100km/hの球がランダムに飛んでくると、それこそうまく対応できません。

岡部 なるほど、具体的な数字が出てくるとイメージしやすいですね。

じつは僕は、メトロノームで一定のリズムを刻みながら練習する、ということもやっているのです。やはり速度が速くなればなるほど、相手が対応できなくなるので、そこを目指して、リズムを速めていく。だいたい、今は250bpmくらいが1ステップのイメージです。

柏野 なるほど。ちょうど2 拍分で0.5秒くらいになりますね。2アクションをその間におさめて動くから、相手が対応できなくなるわけですね。岡部さんの動きを見ていると、圧倒的にクロックが短い、つまり1アクションの動きが短いと感じます。小気味よくカカカカッと動いていく。同様に、相手の挙動に対しても、細かい時間感覚で観察していらっしゃるように思います。

—もともとタイミングに敏感だったのでしょうか?

岡部 サッカーはリズムが大事なので、それはすごく意識してつねに刻むイメージは持っていますね。身体にリズムを流すような感覚です。人と一緒に動画を見ていて、「今のプレーをよく見たいので、スロー再生にしてください」と言われることがあるのですが、僕にとってはスローにするとかえって見づらく感じます。

関係あるかどうかわかりませんが、僕は音楽が趣味で、幼い頃からピアノを弾いていましたし、大学の頃はDJにはまっていたこともあります。ちょっとでもリズムがずれていると、聴きづらいなぁと思うこともあります。

柏野 面白いですね。視覚だけでなく、プレーに聴覚の部分も活用されている可能性も大いにありますね。

音楽の演奏などでもそうですが、人によってクロックの感覚はかなり違います。中南米の選手のリズムなんかも、日本人とはまったく違うでしょう?

岡部 とくにブラジル人は、サンバの影響もあるのか、リズム感はまるで違いますね。しかも膝や上半身がやわからいイメージで、動きも読みづらい。一緒にプレーすると、リズムが合わなくて非常に苦労します。

柏野 WBCで日本がアメリカに負けた試合でも、打者陣は相手ピッチャーのリズムに狂わされていましたね。そういうリズム感覚やクロックの違いなんかも計測で明確になると面白いですね。やりたいことが無尽蔵に出てきてしまいます(笑)。

力の入れ具合の緩急を巧みに操る

—岡部さんは華奢に見えますが、サッカーではどこの筋肉をよく使うイメージなんでしょうか。

岡部 お尻とか上半身でしょうか。

—脚じゃないんですね? それは意外です。

岡部 足の指は大事だと思うんですけどね。かつてふくらはぎを鍛えようと、爪先立ちをして鍛えていたことがあるのですが、じつはこのとき足の指が鍛えられて、脚が速くなったのかもしれないなぁと。親指や人差し指は太くて、指で地面を掴んで立っているイメージです。ボールも指で弾いたり、引いたりしているんですよ。イメージとしては、親指のささくれのところにボールを当てる感じです。そうやって前にボールを蹴れば、そのままの姿勢でダッシュできますから。アウトサイドで蹴るときは、小指と薬指の間あたりを意識しています。

柏野 面白いですね。足指や拇指丘というのは、姿勢を保つ上でも非常に重要です。岡部さんは華奢に見えるけれど、体幹がしっかりされていることは、動きからよくわかりますね。

岡部 でも、体力測定で測る筋力は人並みなんですよ。

柏野 先述のボクシングの井上尚弥選手も、フィジカルは普通の成人男性並みだそうです。陸上100m走の伊東浩司選手も筋力トレーニングはほとんど行わず、しなやかさを大事にしたと言われていて、筋力は女子選手並みだと聞いたことがあります。

じつは世界のトップレベルこそ、そういう選手が多いのではないでしょうか。フィジカルの強さだけではやはり限界があるのでしょう。さらに言えば、身体の使い方がうまい人ほど、体幹をちゃんと使っていて、腕や脚といった末端の筋肉は意外に細い人が多いですよね。

岡部 メッシ選手の脚も、中学生みたいに細いと言われていますね。

—岡部さんの動きを拝見していると、基本は脱力の姿勢ですよね。

岡部 緩急を意識していますね。脱力している姿勢からグッと力を入れると、相手は来ると思って身構えるんですね。その緩急を繰り返すうちに、タイミングをずらして、相手のマークを外したりしますね。その緩急にギャップがあることが大事です。脱力していたところから一気に加速してスピードを上げるとか、いきなりゆっくりプレーするとか。

柏野 切り替えが非常に速いですね。

岡部 そうですね。脱力とグッと力を入れるのを同時にやっているイメージは持っています。まだ力が入っているときに脱力し始めて、次の一手に行くときには脱力しきっているみたいな感じで、プレーしているときは、つねに両者がもみ合っているような感覚を持っています。

柏野 一流の方は皆そういう感覚をお持ちですよね。メリハリが非常にはっきりしている。そもそも、脱力というのは、積極的に抑制を効かせて制御しているという側面もあるんですね。その抑制をここぞというときにパンと外すことができるかどうかが、プロとアマチュアの大きな違いでもありますね。

岡部 トップアスリートの多くは、それが自然と身についているので、別の競技を見よう見まねでやっても、きれいな動きをされる方が多いですよね。筋力で力任せに動くような選手だと、こうはいかない。そもそも、フィジカルの強さを誇る選手というのは、自分よりも強い選手がくると勝てないですから。

柏野 怪我もしやすくなります。

岡部 大きな怪我をされている方が多いですね。

—ただ、頭でわかっていても、脱力するというのは意外に難しいですよね。

岡部 確かに、脱力のほうが力を入れる以上に難しいですね。自分の場合は、つねにリラックスして脱力できるように、自分が楽しめることを練習の中に取り入れることで自然と身につけてきたように思います。楽しく練習する、というのはとても大事です。

—ところで、嫌なタイプのディフェンダーはいないんですか?

岡部 間合いさえ取れれば、どんな相手でも嫌ではないですね。身体の大きさも関係ありません。もちろん、相手がスーパースターだと、かつては緊張したこともありましたが、今では、平常時とほとんど変わらないと思っています。もちろん、実際に計測してみたら、身体がこわばっているとか、何か変化があるのかもしれませんが。

同様に、日によって調子が違うことも、もちろんあります。でも、どんなに体調が悪かったり、ピッチが悪かったり、相手が強豪チームだったとしても、僕はあまり気にしません。どんな条件でも勝てないのは自分の能力が足りないからで、そのことで落ち込む必要もない。次に結果が出せるようにがんばろうと、割り切っています。日々鍛錬していれば、いつか結果はついてきます。

柏野 一流の方は、皆そうおっしゃいますね。緊張もされないんですね。

岡部 緊張はしないです。そのとき失敗したとしても、長い人生から見れば、たいしたことはありません(笑)。

いまはドリブルに特化してやっていますが、究極的には身体や脳のことを知ることで、人間の性能そのものを向上させていけたらなぁと思っています。今後のコラボレーションを楽しみにしています。

柏野 こちらこそよろしくお願いします。本日は長時間にわたり、ありがとうございました。

(取材・文=田井中麻都佳)


岡部 将和 / Masakazu Okabe
ドリブルデザイナー。ドリブル技術を個人に合った形にデザインし、個の力の向上に特化したドリブル専門の指導者。「99%抜けるドリブル理論」を携えて、「誰でも抜ける」ドリブラーの養成を目指す。ネイマール、ロナウジーニョ、ダービッツなど世界屈指の選手たちと共演するとともに、原口元気、乾貴士、齋藤学といった日本代表アタッカーの指導も担う。SNSで配信している動画再生回数は8000万PV以上、Facebookのフォロワー数は約45万人(2018年3月現在)というサッカー界のインフルエンサー。座右の銘は「チャレンジする心」。

柏野 牧夫 / Makio KASHINO, Ph.D. [ Website ]
1964年岡山生まれ。1989年、東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了。博士(心理学)。 NTTフェロー (NTT コミュニケーション科学基礎研究所 スポーツ脳科学プロジェクト統括)、東京工業大学工学院情報通信系特任教授。 著書に『音のイリュージョン~知覚を生み出す脳の戦略~』(岩波書店、2010)、『空耳の科学―だまされる耳、聞き分ける脳』(ヤマハミュージックメディア、2012)他。

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