SPECIAL CONTENTS 「勝てる脳」のきたえ方 「心」と「技」に脳科学で迫る 連載第4回 (後編) | 2016.5.30

見て、動くための脳のはたらき(後編)

視覚の特性を活かして、熟練者の脳と動きに迫る

脳の視覚系は、じつに複雑で多様なはたらきをしている。それがゆえに、見えたと意識できなくても身体を動かすことができたり、見方を変えることでパフォーマンスを変えたりすることができる。スポーツでは、その視覚のさまざまな特性を味方につけた者が優位に立てる。しかしどうやって? その一つの解が、多様な環境下でのトレーニングにあるという。


動くための視覚は錯覚に騙されない!?

柏野 さて、ここまで身体の動きを生成する視覚系のしくみと錯覚の話をしてきたわけですが、残念ながら、この話はここで終わらないんですよ。さらにややこしい話をしなければなりません(笑)。じつは身体の動きを生成する視覚は、錯覚には騙されないという実験結果が報告されているのです。

—どういうことでしょうか?

よく知られている錯覚に、エビングハウス錯視というのがあります。左右の中央の丸を比べると、実際には同じ大きさにもかかわらず、どうしても左のほうが大きく見えますよね? ところが、これを指先でつまんでみてください、と言うと、面白いことに、丸に近づくにつれ、その大きさに合わせて指先は開き具合を調整するのです。つまり、左右とも同じ開き具合になる。身体の動きを生成するための視覚系は錯覚の影響を受けない、ということになります。

だとすると、先ほどのカーブイリュージョンはどうなんだ?という話になって、話がこんがらがってきます。見えたという意識を生成する視覚系には曲がって見えたけれど、身体の動きを生成するための視覚系は錯覚に左右されないのかもしれません。

—うーん……混乱してきました(笑)

柏野 つまり、見えたと意識しているようには、身体は反応していないかもれない、ということです。ここはまだまだ研究の余地があります。

意識できなくても、身体は知っている

柏野 見えていることと、できることは乖離しているということを端的に示す例をもう一つ紹介しましょう。盲視(blindsight)という現象がそれです。先述したように、大脳皮質における視覚情報処理の入り口はV1です。V1は左右の半球にあり、右半球のV1は左右の網膜の左半分に由来する情報、左半球のV1は左右の網膜の右半分に由来する情報を処理しています。ですから、たとえば右側のV1全体を損傷すると、左右の眼ともに視野の左半分が見えなくなります。これを同名半盲と呼びます。

ところが、その同名半盲の方に、見えないはずの視野に光点を呈示して、当てずっぽうでいいからその位置を当てるように言うと、正しく指さすことができるのです。棒が縦か横かと言うと、これも当てられる。本人はまったく見えたという意識がありませんから、正しくできていたと告げられるとびっくりするわけです。

盲視の神経メカニズムについては盛んに研究が行われていますが、先ほども話に出てきた、上丘あるいは外側膝状体からV1をバイパスして高次視覚野に至る経路が関わっているのではないかと考えられています。

このように、脳科学の世界では、対象が動いて見えると意識することと、それに応じて身体を動かすことは必ずしもつながっているわけではないということを示す証拠が次々と得られています。素早い反応が求められるスポーツでは、そこがとくに重要になると思います。もしかしたら、トップアスリートは、V1をバイパスする潜在的な視覚経路が人並み外れて発達しているのかもしれません。

とはいえ、まだ、この辺りのことは研究の途上です。これから我々も、ヴァーチャルリアリティシステムなどを使って、飛んでくるボールに対してどのように人が反応するのか、詳しく調べてみたいと思っているところです。

このように、「見る」ということ一つをとっても、脳では相当に複雑な処理が行われているし、一筋縄ではいかない。そうやって考えてみると、もしかすると、カーブなどの変化球でバッターを翻弄するには、ある程度以上、遅い球を投げた方が効果的かもしれません。

—なるほど、時間がかかると意識を生成する視覚系が働いて、引っかかるわけですね。じゃあ、速い変化球は意味がないのでしょうか?

柏野 いや、それはそれで使途があります。たとえば、大リーグなんかで流行っているのが「汚い球」と言われるやつで、ストレートでも、わざと握りをちょっと変えて、ボールに不規則な回転を与えるのです。すると、ほとんどまっすぐなのに、バッターの近くで小さく変化したりする。そうなるともう、バッターは対応できませんから、バットに当てても芯を外されてしまう。ナックルボールなんかも、ほとんど無回転でふわふわと飛んで来ながら不規則に変化するので予測がしにくく、打ちにくい。このように、錯覚の特性や身体の動きとの関係性といった視覚にまつわる知見をうまく味方につけた者がスポーツでは優位に立てる、ということでしょうね。

熟練者に欠かせない全体を見渡す「遠山の目付け」

柏野 ちなみに、先人たちは視覚の特性を経験的に知っていたようです。たとえば、剣道の教えに「遠山の目付け」という言葉があります。これは、対峙した相手の剣先など一点を凝視するのではなく、遠い山を見るように、相手の身体や背景まで含めた全体を視野に入れなさい、というものです。同様のことは、野球でもよく言われることで、守備の名手だった元ヤクルトスワローズの宮本慎也選手も、守備の極意として、フィールド全体をボーッと見ることが大事だと言っています。バッターを注視してしまうと、出足が遅れるという。「何かを凝視すると隙ができる」、と表現する選手もいます。

じつはこの「遠山の目付け」について、うちのプロジェクトチームの上田大志君が研究をしているところです。面白いことに、見方の違いで、物理的には同じスピードで動いていても、主観では速く感じたり、遅く感じたりするのです。全体をぼんやり眺めたほうが、動きが遅く見える。では運動のパフォーマンスはどうなるか。こういうことも、スポーツ選手の視線の計測と解析を通じて、さらに詳しく解明していけたらと思っています。

そのためには、従来のように単にアイカメラで視線を追跡するだけでは不十分で、むしろ注視していないところで、どのように動きを捉えているのかを探る必要がある。そのための手法を開発したいと思っています。というのも、熟練になればなるほど、視線はあまり動かないことがわかっているからです。しかしそれは、その一点を注視しているということを必ずしも意味しません。周辺視の情報も重要ですしね。卓球などでも、素人ほど球を目で追いがちで、熟練した選手はいちいち球を目で追うことをしません。追っていたら、それこそ間に合わないですからね。

—映画「マトリックス」で主人公のネオが弾丸や攻撃を交わすシーンで、武術を習得するにつれ、相手を見ることもなく悟ったような表情で、簡単にかわしていたのが印象的でした。熟練者ならではの動きや視線をうまく体現していたように思います。

柏野 そうですね、やはり達人の動きというのは無駄がないんですね。素人ほど、バタバタとした不要な動きが多い。動けば動くほど身体の制御が不正確になってしまいますから。じつは、眼球運動にもそれが見られます。

眼球運動と一口にいってもいろいろあるのですが、我々がとくに注目しているのはマイクロサッケードという種類です。じつは眼球というのは凝視していたとしても、1〜2秒に1回くらいの頻度で、素早くわずかに動いているのです。これがマイクロサッケードです。うちのプロジェクトチームの米家惇君は、眼球に現れる情報から脳内の状態を推定する研究をしているのですが、マイクロサッケードの制御特性が注意の仕方で変わることを見出しました。たとえば、実験参加者に、一定のリズムでピッ、ピッ、ピッと刻む音を聴かせていて、突然ザッという音が鳴ったり、リズムパターンが変わったりすると、マイクロサッケードが速くなって、ビヨンビヨンと通常よりも長く振動するのです。といってもわずか100分の1秒にも満たない世界の話ですが。何かに注意を取られると、眼球の制御特性が変わり、動きが収まるのに時間がかかるのです。

アイカメラのデータを解釈するときに注意すべきなのは、たとえ視線がある場所に向いていたとしても、注意の対象は別の位置にありうるという点です。見てないふりをして見る、ということはありますよね。これを何とか、この眼球の制御特性なんかを使って推定したい。こうした手法を使って、達人が何を見ているのか、何に注意を向けているのか、どのような心のあり様を示しているのか、ぜひ、調べてみたいと思っているところです。

アイマークレコーダによる眼球運動(視線、瞳孔径)の計測

変化に飛んだ環境で鍛えることの重要性

柏野 いずれにしても、スポーツ技術の向上のために目を鍛えようとすることに関して、多くの人は意識的に何かをすることにこだわりすぎているのかもしれません。身のこなしに視覚情報を有効に使うために必要なトレーニングというのは、むしろダイナミックなコンテクストの中で行われるべきだと思います。つまり、変化のある環境の中で訓練することでしょう。そう考えると、人工的に整備された運動場でトレーニングするより、野山を駆け回るほうがいいかもしれません。

—サッカー選手の中村俊輔選手も、イタリアのレッジーナに移籍した際に、ピッチの芝がボコボコでとても苦労したと手記に書かれていました。

柏野 おそらく、どんなスポーツでも日本の環境が一番クリーンなんですよ。野球もそうで、大リーグで日本の内野手が活躍できない理由の一つは、日本で人工芝に慣れているために、メジャーの野球場の天然芝に適応できないせいだという説もあります。天然芝だとイレギュラーしやすいし、予測が立てにくいですからね。サッカーで中南米の選手が強いのも、幼少期から劣悪なピッチでプレーする中、即応する能力を身につけているからではないでしょうか。ロボットなんかでもそうで、変化に富んだ環境、ノイジーなデータで学習をさせたほうが頑健なロボットになります。

プロ野球の選手も、クリーンな環境で、しかも似たようなタイプの人とばかり試合をしていると、海外に行ったりしたとき、戸惑うことが多いでしょう。メジャーリーガーどころか、我々素人とやっても、球が遅すぎて打てなかったりすることもありますしね(笑)。一方で、桑田真澄さんのようなトップアスリートとなると、どのような環境や相手にもすぐにアジャストしてしまう。こういう人は、一度もやったことのないスポーツでも、少しの練習でトップレベルになれるのかもしれませんね。

—このプロジェクトでは、そういうトップアスリートと一般の人の脳の違いも解明されようとしているわけですね。そして、その動きを習得できるような手法を探ろうと。

柏野 はい。ただ、そこにはとんでもなく大きな違いがあるかもしれません。じつは、ヴァーチャルリアリティで速い球が顔をめがけて飛んでくるような映像を見せても、まったく無反応な人が一定割合いるんですね。普通は、ヴァーチャルだとわかっていても、身体がのけぞったり、しゃがんだりしますし、尻餅をつく人さえいるのですが。反応しない人は、動くための視覚系が機能していないのか、身体を動かすことができないのか……。

—そうなると、後天的に鍛えるのは難しいということでしょうか?

柏野 それこそ、これから調べたいテーマの一つです。これが後天的に鍛えられたらすごいことですからね。語学や音楽でもそうですが、ある年齢を過ぎると習得が難しくなる臨界期というものはあるでしょうし。ただ、普通のトレーニングでは難しくても、潜在脳情報処理をうまく刺激してやれば、後天的に学習できる部分はそれなりにあると思っています。新しいトレーニング法を確立できれば、スポーツ界だけでなく、一般の方にも朗報なのではないでしょうか。

(取材・文=田井中麻都佳)


柏野 牧夫 / Makio KASHINO, Ph.D. [ Website ]
1964年岡山生まれ。1989年、東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了。博士(心理学)。 現在、日本電信電話株式会社コミュニケーション科学基礎研究所上席特別研究員・スポーツ脳科学プロジェクト プロジェクトマネージャー、東京工業大学工学院情報通信系特任教授。 専門は心理物理学・認知神経科学。著書に『音のイリュージョン』(岩波書店、2010)、『空耳の科学』(ヤマハミュージックメディア、2012)他。


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