SPECIAL CONTENTS 「勝てる脳」のきたえ方 「心」と「技」に脳科学で迫る 連載第6回 (前編) | 2016.12.28

音とリズムでスポーツ技術の向上へ導く(前編)

筋活動を音に換える「可聴化」とは

スポーツ技術を向上させる場合、はたしてどのような取り組み方が上達への近道になるのだろうか。自らの動きを映像で振り返ったり、トレーナーから指導を受けたり、メンタルコーチングを取り入れたり、さまざまな方法がとられているが、さらによりよい方法があるかもしれない。そうした中、「Sports Brain Science Project」で取り組むのが、筋肉の力の入れ具合やタイミングを「音」に換えてフィードバックする「可聴化」の試みである。可聴化システムを担当する持田岳美氏と柏野牧夫氏に話を聞く。


各部位に連動した音を発し、動きのイメージを伝える

—「Sports Brain Science Project」では、筋肉の活動を音に換えてフィードバックする「可聴化」システムを開発し、スポーツトレーニングへの応用を目指しているということですが、具体的にはどのようなものなのですか?

持田 これは、脚、体幹、腕の各部位に筋電位が測れるセンサをつけて、それぞれの部位に対応した音を筋活動に連動させて出すというシステムです。一例としては、脚から体幹、腕と、高い位置の部位になるほど高い周波数の音を対応させるというシステムを考案しました。つまり、各部位ごとに音の高さを変えて提示するわけですね。

現在はまだ、どんな音でどんな運動状態を表現するのがいいのか模索している最中ですが、たとえばそれぞれの筋活動に対応した音を聴き続けるだけでも、脳の中にある種の連関が生じ、自分の身体の状態を把握しやすくなるのではないかと考えています。

柏野 つまり、身体のいろんなところにセンサを貼っておいて、たとえばふくらはぎに力を入れればドの高さの音が、二の腕に力を入れるとミの高さの音が鳴るというのを聴き続けていると、だんだんにどこに力を入れればどの音が鳴るかということがわかるようになり、自在に音を鳴らせるようになるというわけです。学習により、音とそれぞれの部位の力の入れ具合の対応関係が明確になり、身体の動きをイメージしやすくさせる、というのが狙いです。

—なぜ、音に注目されたのですか?

持田 もともと私は音声研究の専門家で、スポーツに関する知識は人並み以下でしたが、私と同じ研究グループの身体運動研究のスペシャリストである木村聡貴氏と、以前から「身体動作を音にしたら面白いんじゃないか」と話していたんですね。そして、このプロジェクトに加わって以来、スポーツトレーニングに音を応用できるのではないかと本気で考えるようになり、ここ1年くらいで本格的に取り組み始めたところです。

そもそも、人間は音声を使ってコミュニケーションしますが、自分の口で音をコントロールし、情報のやりとりをしています。つまり、どういう口の動きをすればどういう音が出るか知っている。それゆえ、動きに対してもなんらかの聴覚イメージをそれぞれの人が持っていると思うんですね。たとえば「う」という音声を聞いたら、唇をすぼめるような動作を想起する、とか。

一方、スポーツの現場では、コーチが言葉を使って動きのコツを教えることがよくあります。「力を抜いて」とか「腕を振って」とか「腰を入れて」などと、言われたりしますよね。ところが、言葉というのは受け取る人によってイメージする動きがまったく異なる場合があるのです。そのように言葉が誤ったイメージを伝える可能性があるのであれば、むしろ音そのものが伝える力感やテンポ、リズムなどを利用するほうが、運動の特徴をより効果的に伝えられるのではないでしょうか。つまり、音響現象を介することで、動きのコツの情報を正しく伝え、身体の状態を改善できるのではないかと考えているのです。

見た目を真似しても、動きは真似できない

—身体の使い方を音で表現する、というのは面白い発想ですね。

柏野 そうですね。スポーツにおいて動きを知ろうとする際に、これまでよく用いられてきた手法にモーションキャプチャがあります。モーションキャプチャというのは、身体の各所に目印をつけて、動きをトレースするというもの。ところが、このモーションキャプチャではフォームは捉えられますが、実際にどこに、どのタイミングで力を入れているのかということが非常にわかりにくいんですね。それゆえに、原因と結果が取り違えられてしまうことがよくあります。

たとえば、投球の際に「腕を振れ」と指導されることがありますが、腕を振ろうとして動いたのではなく、下半身を回転させた結果として腕が振られるだけかもしれません。だから、局所的に腕のかたちだけを抽出して真似しても、目指すべき動きをしていない可能性があるのです。

プロ投手のフォームを研究するとき分解写真やスローモーション映像を見ることがありますが、その際にありがちな間違いが、ストレートを投げるとき、腕がねじれて手のひらが上に向くかたちを真似てしまうというやつです。ところが、これは投手が意図的に手のひらを上に向けているわけではなく、手首をまっすぐ振り下ろした結果として、自然にそういう手のかたちになるんですね。にもかかわらず、素人がプロ投手の映像だけを見て真似しようとすると、間違った努力をすることになる。あるいは、代償動作といって、かたちを再現しようとするあまり、本来使うべきではない筋肉を使ってしまい、痛めてしまうこともあります。

では、なぜ音がいいのか。音というのは視覚よりも「時間分解能」が高いからです。つまり、タイミングに対する感度がいい。しかも、力の入れ具合や動きを表現しやすいという特性があります。太鼓を力強く叩けば大きな音がするし、軽く叩けば軽妙な音がするように、力と音の強弱が密接につながっている。擦る、叩く、なでるといった動作や、質量や硬さにも対応づけしやすい。我々は、そういう本来、音が持っている情報と、それを聴き分ける聴覚の特性をうまく使えば、動きを伝えやすいのではないかと考えているのです。

プロとアマチュアの身体の使い方の違いを聴き比べる

プロ

アマチュア

—実際に、投球時の身体の各部位の筋活動を音で表現した可聴化システムの実験結果を聴かせていただきましたが、元プロ野球選手とアマチュアでは、やはり音の長さやリズムが違って聞こえますね。

持田 アマチュアは一つずつの音の持続時間が長く、ずっと力を入れているのがわかりますが、プロは筋活動のオン/オフがはっきりしていて、一つひとつの音がクリアに、リズミカルに聴こえますね。

柏野 そう、しかもプロのほうは途中でかなり力が抜けている瞬間があるのがわかります。軸足から前足へと重心が移動する際に、瞬間的に力がまったく入っていない状態があるのです。これは、マウンドの傾斜を利用して、無駄な力を入れずに重心を移動させている証拠と言えます。私のような草野球愛好者の場合だと、ずっと力を入れっぱなしで頑張りすぎているのがよくわかる。そうした身体の使い方の違いが音の長さやリズムといった音のパターンの違いとして表現されるのです。

ただし、先ほど持田さんが言ったように、どのような音を、どのように身体と対応付けてマッピングさせていくのが最適なのか、まだこれからさまざまな表現を考えていく必要があります。

持田 はい、たとえば、球速を上げるためには、どのような音で表現するのがいいのか、さまざまに検証していく必要があるでしょう。実際に、いくつかのプロトタイプで実験を始めているところです。ただし、人それぞれ持っている身体イメージは異なるので、最適な音というのも、もしかすると個人差があるかもしれませんね。

—実際に、自分の筋活動の音を聴くことで、何か変化があるのでしょうか?

柏野 はい。自分で試してみた結果、球速をただちに10km/hも上げるのは難しいけれど、同じ球速のまま、楽に投げることには大いに役立つと感じました。力を入れるタイミングや力加減がわかるので、力むことなく軽く投げても、同じくらいの速さの球を投げることができるようになったのには驚きましたね。

身体を楽器のように奏で、いい身体の使い方を習得する

柏野 ちなみに投げる前に、自分とプロの音のパターンを聴き比べて、「ここは休符なんだ」とか、「この部分はスタッカートなんだな」というふうに、音の長さやリズムの違いを抽出していくという作業をしました。そして、歯切れのいいプロの音のパターンになるように真似て投げてみたところ、楽に投げるコツが少しつかめた、というわけです。いうなれば、身体を楽器に見立てた楽器演奏のような感じです。

—それができるのは、柏野さんの音に対するセンシビリティが高いから、ということはないのでしょうか? 私は趣味でヴァイオリンを弾くのですが、弓幅をコンパクトにして、力を抜いたほうが歯切れのいい、芯のあるいい音がするのですが、これを実践するのは難しいといつも感じています。

柏野 確かに、音に対する感覚は人によってかなり違うでしょうし、それを体現できるかどうかも人によってかなり違うかもしれませんね。ちなみに、私の場合は、もともと身体を動かすときに頭の中で音のイメージが鳴っているので、運動と音が密接に結びついているのです。たとえば、野球でゴロを捕るときもリズムに乗って身体を動かすイメージを持っています。だから、長嶋茂雄さんが「ブーンじゃなくて、ピュッです」と言ったりするのも、感覚的に理解できる。もちろん音のイメージをつかみにくい人もいるでしょうから、そこをどうチューニングしていくかというのは大きな課題だと思っています。

持田 音で表現できるかどうかは、習熟度とも関係がありそうですね。ヴァイオリンでも、経験を積めば積むほど音の違いがわかって正解の音を出しやすくなるように、自分の身体の使い方と音の対応を学習していくにつれ、よりうまく身体を操れるようになるのではないでしょうか。それこそ、グローブやバット、楽器などの道具を身体の延長として使うということに似ていると思います。

ヴァイオリンなどの楽器は、小学生でもものすごく上手に演奏する人がいるように、いい音を鳴らすことと筋力はあまり関係なくて、いかに力をコントロールできるかですからね。弦を擦るという物理的な身体の動きと、それによって発せられた音をどう対応づけてコントロールできるか、ということだと思います。

柏野 投球の場合、投げるときの肘や脚のかたちや位置を気にして動きをコントロールしようとしがちですが、元プロ野球投手の桑田真澄さんはよく、「かたちには囚われないほうがいい」とおっしゃるんですね。一方で、最初に軸足の股関節に十分に体重を乗せて、大きなたらいを投げるような感覚で、前足の股関節に体重を乗せ込んでください、と。あとは、右投手なら左の肩甲骨に目がついていて、その背中の目で捕手を見る感じで投げてみてください、それ以外の肘や腕の動きは忘れていい、とアドバイスされました。

要はかたちの背後には力の節のようなものがあって、節目、すなわちタイミングと力の入れ具合が肝要だということです。そもそも、スポーツにおいては、複数の身体部位を素早く協調させることが非常に重要になります。それはかたちで見せられるよりも、時間分解能が高い音として表現したほうがわかりやすいはずです。もちろん、一筋縄ではいきませんが、従来なかったような画期的なトレーニング手法の開発に結びつけられたらと考えているところです。


持田 岳美 / もちだ たけみ [ Website ]
NTT コミュニケーション科学基礎研究所 スポーツ脳科学プロジェクト

(取材・文=田井中麻都佳)


柏野 牧夫 / Makio KASHINO, Ph.D. [ Website ]
1964年岡山生まれ。1989年、東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了。博士(心理学)。 現在、日本電信電話株式会社コミュニケーション科学基礎研究所上席特別研究員・スポーツ脳科学プロジェクト プロジェクトマネージャー、東京工業大学工学院情報通信系特任教授。 専門は心理物理学・認知神経科学。著書に『音のイリュージョン』(岩波書店、2010)、『空耳の科学』(ヤマハミュージックメディア、2012)他。

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