SPECIAL CONTENTS 「勝てる脳」のきたえ方 「心」と「技」に脳科学で迫る 連載第6回 (後編) | 2016.12.28

音とリズムでスポーツ技術の向上へ導く(後編)

可聴化システムのさまざまな可能性

「Sports Brain Science Project」では、筋活動を音に換えてフィードバックする「可聴化」システムを開発しているが、身体運動と音の関係をより詳しく探りながら、スポーツトレーニングに効果的に取り入れられないか研究を進めている。音の特性を生かしたさまざまな可聴化のアプローチと今後の展望について話を聞く。


よい身体の使い方の本質を抽出し、音に換える

—すでに可聴化システムによるトレーニング効果を試しつつあるのでしょうか?

持田 ええ、まだ限定的に行っている段階ですが、たとえば初心者の投球練習に適用した聴覚フィードバックの例があります(Kimura et al. 2014)。ここでは筋活動ではなく、体の動きの加速度を音でフィードバックしました。投球の初心者に、利き腕ではないほうの腕で投球練習をしてもらい、練習前後で動きがどう変わるか調べました。

ちなみに、いい投げ方のポイントとなるのは、「体幹の回転」と「上体の前傾」です。つまり、まず体幹が水平に回転してから、上体が前に倒れこんでいく。腰、肩、腕という順番で動きが連動するのがよい投げ方というわけです。初心者だと、こういう動きの連動が見られず、腰、肩、腕が一緒に動いてしまったりしがちです。そこで複数の加速度センサを使って「体幹の回転」、「上体の前傾」の加速度をリアルタイム計測し、それぞれの大きさに応じた風切音のような音が鳴るシステムをつくりました。

被験者には、聴覚フィードバックによる練習と、視覚フィードバックによる練習の両方をしてもらいました。すなわち練習開始時に、聴覚フィードバックでは熟練者の投球の際の加速度パターンを音に変えたもの、視覚フィードバックではその投球動作のビデオを、それぞれ手本として呈示しました。その後、聴覚フィードバックまたは視覚フィードバック(一投ごとにビデオで自分の投球動作のリプレイを見る)のもとで100球練習してもらいました。また練習前後にフィードバックなしで10投ずつ投げてもらい、腕と肩、手首の動きをモーションキャプチャで計測しました。

そのモーションキャプチャデータを比較した結果、聴覚フィードバック、視覚フィードバックどちらの場合も、練習前より練習後のほうが腰、肩、手首という順に動くというパターンが明確に見られるようになりました。ただし、聴覚フィードバックのほうがそれぞれの部位を動かすタイミングのばらつきが少なく、より的確に動きをコントロールできるようになった、という結果が得られました(図)。

柏野 この実験の肝は、「体幹の回転」と「上体の前傾」という二つのポイントに絞って可聴化した、というところです。というのも、たとえば投球に全身の500個の筋肉が連動して動いているからといって、それらをすべて音として表現したところで、聴く側にはわけがわからないですよね。だからこそ、「情報圧縮」が必要になる。つまり、目的の動きに関連性の高い本質的な情報だけを拾い出して、伝えることに意味があります。

そもそも非常に短い時間の中で意識できることなんて、せいぜい一つか二つでしょう。500個の筋肉をこんなふうに動かしてくださいと言われたところで、とうてい真似ることなどできません。勘所だけを押さえることで、ほかの動きもそれなりにうまくいくことが重要です。

もっとも、その勘所を押えるのは非常に困難で、深い問題でもあります。これまで、人間の音声の研究をしてきた際にも直面してきましたが、「あ」という発音一つとっても十人十色だし、前にどういう言葉をしゃべるかによっても口の形は変わります。速くしゃべるか、遅くしゃべるか、感情を込めるか、そうでないかでも動きは変わる。にもかかわらず、人間が「あ」は「あ」として認識できるのはなぜなのか。そこには単なるスペクトルのパターンなどではなく、非常に抽象化された本質的な何かがある。その本質を探り当てるのは至難の技です。同様に、身体のいい動きの本質を抽出することも非常に難しい。したがって、まずは限定的な課題に対して、さまざまなアプローチで取り組んでいるというわけです。

音を「盛る」とうまくいく!?

持田 もう一つ、力みがわかるという可聴化システムにも取り組んでいます。ゴルフのパッティングで試した例ですが、力んでいるとジジジっという音が鳴るというものです。こちらもやはり、熟練者は無駄な力が入っていないのに、下手な人はずっと無駄に力んでジジジジと音が鳴り続けます。

柏野 さらに我々は、たとえば素振りの音とか、投球した球を受けるキャッチャーの捕球音とか、「行為の帰結としての音」にも着目しています。というのも、プロの投手にヒアリングしたところ、パーンとした心地よい音で球を取ってくれるキャッチャーが相手だと、投げる際の士気が上がって、実際にパフォーマンスも良くなるというんですね。あるいは、ある陸上選手は調子が悪くなってくると、足音が良く響く練習場でトレーニングすることで調子を整えるという。こうしたエピソードに着想を得て、行為の帰結としての音を「盛る」とどうなるか、試しているところです。つまり、実際の音よりも大きな音をさせたり、音色を変えたりすることで、音で動きを支援するわけです。動きの様子をありのままにフィードバックするだけでなく、捕球音を強調して盛ることで、もしかするとパフォーマンスを向上させることができるかもしれません。

—確かにオーケストラでも、よく響くホールで演奏すると、自然と良い音、良い演奏が引き出されることがありますね。

持田 まさにプロの演奏家はそこを意識しているのでしょうね。演奏するホールの反響音や生音、触覚から感じられる振動の感覚など、あらゆる情報を手がかかりにしながら、うまく身体の動きをコントロールしていると思います。

柏野 それから、試合であれば観客の歓声や野次なども、選手のパフォーマンスに影響を与える大きな要素の一つですよね。本番で力が発揮できるかどうかにおいて、じつは音は非常に大きな役割を果たしている。音は興奮やリラックスといった自律神経の働きに直接的な影響を与えますから。それをトレーニングにもうまく生かしたいですね。

トランペッターとしての経験を研究に生かす

—ところで、持田さんはトランペットを演奏されるそうですね?

持田 はい、中学で吹奏楽部に入ったのをきっかけに始めました。大学からはジャズをやるようになり、現在もときどき、ライブ活動をしています。 トランペットなどの金管楽器は、マウスピースに唇を当てて、息を吹き込む際に、口の形をさまざまにコントロールすることが要求されます。単に低い音で唇を緩め、高い音で締めるという単純な動きではなく、さまざまな音色を唇や舌の動きによってコントロールします。筋力はもちろん必要ですが、むしろたくさんの筋の力の入れ具合やバランスの制御を習得するのが難しい楽器と言えます。

なかでもトランペットは音色に個性が表れやすい、表現の幅の広い楽器と言えます。だから、まずは自分がどういう音を出したいのか目標を定めて練習する必要があります。ある程度、音が出せるようになったら、次は目標の音に向かって身体のコントロールの仕方を学んでいく。そういう意味では、現在の研究にもトランペット演奏の経験が生かされていると思います。

—呼吸の仕方なども、スポーツに近いところがありそうですね。

持田 初心者のうちはまず正しい呼吸の仕方を訓練によって身に付けなければなりません。といっても肺活量はあまり問題ではなくて、呼吸のタイミングと量を音楽表現のために最適にコントロールすることが大事です。

ちなみに、ジャズ雑誌の表紙やレコードジャケットなどで、トランペッターが顔をしかめて力の限り息を吹き込んでいるような写真を見かけることがありますよね。実際には、超一流のクラシックのトランペッターを見ると、本当に吹いてるの?というくらい楽々と音を出していますよ。ハードブローをしている瞬間は、野球選手が150km/hの球を投げている瞬間のようなもので、あんな感じで吹いていたら1分と持ちません(笑)。

—先ほど聴かせていただいた可聴化システムの音は、トランペットのような音ではありませんでした。

持田 やはり数個の純音を足し合わせただけのシンプルな音なので、表現の幅は狭いですね。ヴァイオリンやトランペットのような音のリッチさはありません。スポーツ技術の向上において、音の質感が貢献する側面に関しては、いまのところ未知数です。まずは質感よりも、タイミングや先の話しにあったような本質的なポイントを表現する方法を、さまざまなプロトタイプをつくるなかで模索している最中です。

いずれにしても、直感的に力加減やタイミングがコントロールできるような、しかも楽器を演奏する悦びにも通じるような可聴化システムの開発に貢献できれば嬉しいですね。


持田 岳美 / もちだ たけみ [ Website ]
NTT コミュニケーション科学基礎研究所 スポーツ脳科学プロジェクト

(取材・文=田井中麻都佳)


柏野 牧夫 / Makio KASHINO, Ph.D. [ Website ]
1964年岡山生まれ。1989年、東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了。博士(心理学)。 現在、日本電信電話株式会社コミュニケーション科学基礎研究所上席特別研究員・スポーツ脳科学プロジェクト プロジェクトマネージャー、東京工業大学工学院情報通信系特任教授。 専門は心理物理学・認知神経科学。著書に『音のイリュージョン』(岩波書店、2010)、『空耳の科学』(ヤマハミュージックメディア、2012)他。

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