Hearing X Musical Illusion

The Dream of Flowers

Leonid ZVOLINSKII

2018.8.16

Musical illusionでは、シリーズAuditory Illusion in Music(音楽におけるイリュージョン)とリンクして、テーマごとに出てきた錯聴効果を使った新作を、作者の作品解説と共に公開していきます。
(*こちらの記事は過去に「Hearing X -『聞こえ』の森羅万象へ -」に掲載されたものをアーカイブとして公開しています。)

The Dream of Flowers / Leonid ZVOLINSKII

作曲者作品解説

今回はコンテクストを持つ芸術としての音楽についてお話したいと思います。 音楽は時間の中で動くもので、絶えずそれぞれの具体的な瞬間や場面までと、その後に鳴り響くものというコンテクスト(脈絡、文脈)の中に存在するものです。それは音楽の水平とよばれる時間軸で、そこでは出来事自体のみならず、その秩序も作品全体の印象を形作ります。まさにこの効果のおかげで、時には長調の音楽も大きな悲しみとして感じられることもあります。例えば、チャイコフスキーの交響曲6番の1楽章の最後を思い出してみましょう。それ以前に出てきた全てのドラマチックな衝突を背景として、全体としては、勝利というよりも、この音楽の「主人公」との明るくも悲しい別れとして感じられます。この部分だけを聴くならば、何倍も喜びに満ちて感じられるはずです。

時間のコンテクストの他にも、「今、ここ」の周辺のコンテクストというのもあります。どんな音と音が同時になることでお互いに組み合わさるかということで、音楽では垂直軸と呼ばれます。よく知られたメロディを変わったコンテクストの中で、The Dream of Flowersと題した短いエスキースの例で聴いてみてください。最初から有名なメロディを聴き取ることができるでしょうか?このメロディにしては大きくコントラストのあるオーケストラのコンテクストの中で聴いた時の印象と、ソロで登場して最後まで演奏された時では、メロディの印象が強く異なるでしょうか?

大きく嵐のようなオーケストラの環境では、脳は初めのうちはメロディが変化したように受け取るでしょう。あるいは、最初に聞いたときには、耳が聴き取ることを拒否して、注意を向けることさえなく、静かな部分のみ聞こえるという人もいるかもしれません。

ですが、実際には「さくら」のメロディは最初の2小節目から既に始められており、しかもメロディは伝統的なメロディから一音も変わっていません。原因は和声です。「さくら」のメロディは下の異なる5つの音から成り立っています。

これに対し、主となる旋法について言えば曲自体は8つの異なる音で構成しています。それでいて、「さくら」の5音は、この拡大された音階の部分として組み込まれています。

最初の主音は«ミ»の音で、これは最初の断片の主要音です。ですが、「さくら」のメロディにはない音です。«ミ♭»はありますが、主音よりも半音低い音です。「さくら」の曲には、この曲の拡張された旋法の一部となっている、自分の旋法があり、自身の主音を持っていますが、結果的に全体の主音である«ミ»に従属する関係にあります。そのため、周りの環境というコンテクストの中では、メロディが変化したようにも感じられるのです。何度もこの曲を集中して聴いてみるうちに、古謡のメロディは何も変化していないことがはっきりと分かるでしょう。面白い仕掛けとして、ホルンは同時に、下の楽譜に示されたロシアの結婚式の儀礼に歌われたロシアの民謡の断片を吹いています。

このロシアのメロディもまた、大きな音階のうちの一部分にすぎませんが、その旋法の主音は曲全体の主音と合致しています。そのためよりすんなりと聴くことができます。最後にはこのメロディはなくなります。フルートが静寂の中で「さくら」のテーマを最後まで演奏するのですが、荒々しいクライマックスとの対比でさらに哀しい曲調に感じられるでしょう。このように、コンテクストは特に対比を基にして、水平の時間の中でも機能して、様々な異なる面を持つイメージを強調する効果を生み出しています。

(作曲=Leonid ZVOLINSKII / 翻訳=森谷 理紗)

Profile

Leonid ZVOLINSKII
ロシアの作曲家、マルチインストゥルメンティスト、サウンドプロデューサー。 リャザン市生まれ、幼少期より音楽を始め、12歳で「若手作曲家コンクール」で優勝。モスクワ私立音楽学校特待生。グネーシン音楽アカデミーカレッジ音楽理論科卒業後、P.I.チャイコフスキー記念モスクワ音楽院作曲科入学。同音楽院を首席で卒業。リトフチンテレビ・ラジオ放送人文大学専門コースで「オーディオビジュアルアートサウンドプロデューサー」資格取得。 オーケストラ作品、室内楽、声楽曲等のアカデミック音楽作品のほか、ポップ、ロック、Hip-Hopなど様々なジャンルの作曲、演奏を行う。映画音楽、CM、音楽舞踊劇等を手がける。
森谷 理紗 / Risa MORIYA
神奈川県生まれ。北鎌倉女子学園高校音楽科卒業。東京藝術大学音楽学部楽理科卒業、同大学院音楽研究科修了。グネーシン音楽アカデミー研修(音楽史・音楽理論)を経てP.I.チャイコフスキー記念モスクワ音楽院大学院博士課程学際的音楽学研究科修了(芸術学/音楽学博士)。2010年度外務省日露青年交流事業<日本人研究者派遣>受給。その後同音楽院作曲科3年に編入、その後卒業。モスクワ音楽家協会150周年作曲コンクールグランプリ。著書”Vzoimoproniknovenie dvyx muzikal’nyx kul’tur s XX - nachala XXI vekov : Rossia- Iaponia(20世紀から21世紀初頭にかけての二つの音楽文化の相互作用:ロシアと日本)”(2017 サラトフ音楽院)で第2回村山賞受賞(2018)。モスクワ音楽院客員研究員を経て、大阪経済法科大学アジア太平洋研究センター客員研究員。