脳・からだ・こころ -SBS Archive- No.3

誰にも止められないドリブルの極意 (前編)

ドリブルデザイナーとは?

Masakazu OKABE & Makio KASHINO

2018.4.16

今回のゲストは、サッカーの指導者として「ドリブルデザイナー」という肩書きで活躍する岡部将和氏。横浜F・マリノスの下部組織を経て、高校、大学とサッカーを続け、その後、フットサルのFリーグなどでプレーしたドリブルの名手だ。プロを引退後は、絶対の自信を誇るドリブルを武器に、指導者として、また、ディフェンダーとのドリブル対決で国内外を飛び回る異能の人でもある。岡部氏にドリブルの極意について聞いた。

ドリブルで個々の選手らしさを引き出したい

—「ドリブルデザイナー」という肩書きは、岡部さんがご自身でつけられたものだということですが、どのようなことをされているのでしょうか?

岡部: 簡単に言えば、ドリブル専門の指導者です。ただ、指導者と言っても、僕の考える指導というのは、個々の選手らしさを引き出して、その人ならではのスキルを確立するためのお手伝いをすることだと思っているんですね。教えるというよりも、その人らしさを一緒にデザインしていく感じに近い。だから、あえてドリブルデザイナーという肩書きを名乗っているのです。

—サッカーの技には、パスもシュートもありますが、なぜドリブルなのでしょうか?

岡部: 自分が一番好きなプレーで、かつ得意なことがドリブルだからです。好きだからこそ苦労も乗り越えることができたし、好きなことで人の役に立つことができるのは幸せだと思います。

—ドリブルというのは、試合の中では、膠着した局面を打開したり、攻撃の起点になったりと、重要な役割を担うものという印象があります。

岡部: そうですね。サッカーのプレーを大きく分けるとすると、シュート/トラップ/パス/ドリブルの4つに分けることができます。ただ、もしこの中で何かを捨てるとしたら、最初にドリブルが削られてしまうと思います。ところが面白いことに、世界で活躍するトップスターになればなるほど、ドリブルを得意とする人が多いのも事実です。

なぜ、トップスターはドリブルが得意なのか。思うに、パスやシュートでは、その場でできることは限られていますが、ドリブルは自由度が大きく、自分の動きを洗練させて、技を磨けば磨くほど自由に表現できるからではないかと。つまり、高い技術力を誇るトップスターだからこそ、その技の魅力を存分に発揮できるのではないでしょうか。

柏野: 確かに、ドリブルというのはクリエイティブな感じがしますね。だから見ていて面白いし、プレーにスター性も感じます。

—伝説の名場面でも、ドリブルのシーンは多いですね。マラドーナ選手の5人抜きとか、ストイコビッチ選手の雨の中でのリフティングドリブルとか、強烈に印象に残っています。

岡部: ドリブルというのは華がありますよね。一方で、非常に難しいものでもある。ドリブルでミスをすると、その人だけの責任になってしまうので、プレーの中でドリブルを選択するためには、失敗を恐れない勇気が要ります。技が優れているのはもちろんこと、勇気を持って敵陣に切り込むことができる特別な選手であることを、チームメイトからも認められる必要があります。

そうした中、近年はまた、個人技が注目されている。少し前までは組織力が重視されていましたが、全体的に組織の力が上がってきたいま、また個人技への期待が高まっているのです。試合に勝つことは当然大事ですが、同時に観客を魅了するプレーをすることも重要であり、ドリブルはまさにその一つ。ドリブルに寄せられる期待は大きいし、その技を磨くサポートを通して、勇気を出してチャレンジすることの意義を伝えたいという思いで活動しています。

正確なボールタッチと実践でドリブルの技を磨く

—ドリブルの技のポイントを教えてください。

岡部: ドリブラーには、3つのタイプがあります。速い動きでディフェンダーを置き去りにするスピードタイプ、身体の強靭さを盾に突き進むフィジカルタイプ、そして自在に動きを操るテクニックタイプです。

僕の場合は、テクニックとスピードを武器にしています。ご覧の通り、身長170cm、体重52kgと、サッカー選手としてはかなり小柄なのでフィジカルの強いディフェンダーとまともにぶつかっても勝てません。そもそも、筋力も足の速さも人並みですからね。だから、いかにして相手の動きの逆を突くか、いかにして身体がぶつからないように間合いを取るか、といったことを心がけています。指導者となった今も、それが教えの基本になっています。

—どのようなご経験を経て、ドリブルのテクニックを身につけられたのですか?

岡部: 兄の影響で5歳からサッカーを始め、幼い頃からプロ選手をめざして、中学で横浜F・マリノスのジュニアユースに所属しました。そのときは身体も小さく、足も遅かったので、ずっとパサー(パスを出して、ゲームを組み立てる選手)を担当していました。その後、神奈川県立荏田高校へ進学したのですが、うちの高校は当時、県ではベスト8程度で、強豪校とは差がありました。プロになるためにはスカウトマンの目に止まる必要があるけれど、このままでは自分の存在を知ってもらうことすらままならないと焦っていたんですね。そこで、自分が努力することで、チームを県大会優勝に導くようなことはできないかと考えて、たどり着いたのがドリブルで敵を抜くことだったのです。

そこで、まずは自分が出したいと思ったタイミングで、思い通りの場所にボールが蹴れるように、ひたすらボールタッチの練習をしました。その後は実践あるのみです。まずは1対1から始めて、1対2、1対3と、ディフェンダーの人数を増やして練習を重ねました。

柏野: なるほど、ドリブルに特化して練習されたんですね。対戦相手というのは、チームメイトですか?

岡部: はい、チームメイトはもちろんのこと、他チームで上手いなと思う選手がいたら、連絡先を聞いて、対戦をしてもらうこともありました。

その後、桐蔭横浜大学に入学した後は、前・川崎フロンターレ監督で、現・名古屋グランパスエイト監督の風間八宏さんの下でサッカーを続け、卒業後は、自身の強みであるスピードとテクニックを活かして、フットサルのFリーグに所属しました。Fリーグでは2位になったほか、フットサル全日本選手権で日本一も経験しましたが、次第に教えることの面白さに目覚め、27歳で引退して以降は指導者として国内外を飛び回っています。

—そうした中で、2016年にNTTのR&Dフォーラムで柏野さんと出会われて、意気投合されたと聞きました。

岡部: そうなんですよ。たまたま私自身がNTTのイマーシブレプレゼンス技術「kirari!」のサッカーのデモのお手伝いをして、それがきっかけでR&Dフォーラムに伺ったんですね。その折、柏野さんとお話しさせていただいたところ、もうびっくりするようなことをおっしゃるので、次々に質問を浴びせてしまい、結局、2 時間近く立ち話をしました(笑)。

たとえば、足の小指にボールを当てたときに、どこの筋肉を使って、そのとき脳で何が起こっているのかというのは、自分では自覚できません。それを見える化し、選手にフィードバックしようとされているとお聞きして、大変驚きました。もし、自分の身体や脳に起こっていることをリアルタイムで知ることができれば、身体技術のさらなる向上や指導に役立てられるはずです。

柏野: お話しさせていただいて、未知の分野に対して先入観を持たず、柔軟に取り入れて、自身の活動に結びつけようとされている岡部さんの指導者としての姿勢に感銘を受けたと同時に、問題意識の持ち方や態度が我々と近いと思いました。とくに、普遍的なメソッドや原理を探ろうとされている姿勢は、サイエンティフィックな態度そのものであり、研究者と非常に似ています。

その後、また岡部さんとお話しさせていただく機会があり、そのときも話が尽きることなく、時間を忘れて議論しましたね……(笑)。私自身はサッカーの経験はほとんどありませんが、これを機に、研究対象として岡部さんの計測をさせていただこうと思っているところです。

どんな強者もかわす「カモシカ理論」

—岡部さんは、ご自身のドリブルのテクニックを「カモシカ理論」と名付けていらっしゃいますが、どのようなものなのでしょうか?

岡部: カモシカというのは、サバンナで生きる草食動物が、ライオンなどの肉食獣に襲われた際に、機敏にパーンとかわして逃げる姿からイメージして名付けました。ライオンのほうが体格もよく、力では勝るけれど、瞬発的な動きで相手を凌駕できれば、どんな強者にでも勝つことができる。私自身がフィジカルの弱者だからこそ、編み出した理論です。実際には、カモシカというよりも、インパラとかレイヨーのほうが近いみたいですけどね(笑)。

—具体的には、どのような理論なのですか?

岡部: ドリブルの勝敗は、最終的に、どうがんばってもディフェンダーが触れることができない場所にボールを運べるかどうか、になります。もちろんその場所自体は、相手の体格やスピードで変わってくるのですが、どんな相手でも絶対にボールを取られない場所というのがある。その絶対的勝利の場所へ到達するための、さまざまな動きを自分なりに体系化しています。

ちょっと、実際に球を触りながら説明しましょうか。たとえば、この距離なら、いくらディフェンダーが思いっきり脚を伸ばしても届かないですよね。その脚が届かない場所で間合いを取りつつ、気づかれないように、位置について用意ドンとダッシュをかけたら、相手を置き去りにできる体勢まで持っていくようにします。

もちろんこれは理想であって、相手が間合いを詰めてくることもあります。その場合は、また間合いを取りつつ、状況を見極めながら、次の動きを繰り出します。そのためには、まず、つねに相手との間合いを読み取ることが重要です。

柏野: 間合いはどうやって測るのですか?

岡部: 相手のサイズから、一手でどれくらい動けるかを予測します。ただし、小さな相手でも、自分が一手動く間に、素早く二手動く選手もいるので、そこまで含めて一手として計算します。そして、どう相手ががんばっても物理的に届かない場所に球を運ぶのです。

柏野: かといって、相手から離れてプレーすればいいというものでもないのですよね?

岡部: はい、相手を抜くときに、ギリギリ近づいたところから抜いたほうが一気に引き離すことができるので、相手が届かないギリギリのところでプレーすることを心がけています。

柏野: 先日、スポーツ雑誌『Number』の取材記事で、ボクシングの井上尚弥選手とお話しをする機会を得たのですが、その際、「あなたの一番優れているところは何だと思いますか」と尋ねたら、「相手との間合いを瞬時に理解できることです」という返事が返ってきたんですね。試合が始まったらすぐに、相手はここまでは届かないという距離を理解して動けるのが自分の強みだとおっしゃっていたのですが、その話にも通じますね。

岡部: 私自身はその間合いを練習を積み重ねて感覚で身につけたわけですが、指導者として人に教える以上は、正確にそれが何cmなのか、ということまで突き詰めたいと思っています。実際にディフェンダーに歩幅を測らせてもらうこともあります。

先日も、イタリア代表でディフェンダーのマルコ・マテラッツィ選手に、ジャンプはせずに、片足を前に思いっきり出したときの歩幅を測らせてもらいました。彼は身長192cmですが、歩幅はなんと176cmもありました。日本で身長190cmのバレーの選手で測った際は150cmだったので、ほぼ同じ身長でも靴一つ分違います。そういうことがわかれば、最強の相手であっても、届かない位置がどこかが見えてきます。

ただし、それを目で見て意識してから動いていたのでは遅い。相手が足を出す前に、動きを予測して動くスピードをより速めることはできないのか、またどこの筋肉を使えばより加速して走れるのか、といったことをもっと突き詰めて知りたいと思っています。

柏野: まさに、我々の研究のテリトリーですね。岡部さんの計測を、我々も楽しみにしています。

(取材・文=田井中麻都佳)

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Profile

岡部 将和 / Masakazu OKABE
ドリブルデザイナー。ドリブル技術を個人に合った形にデザインし、個の力の向上に特化したドリブル専門の指導者。「99%抜けるドリブル理論」を携えて、「誰でも抜ける」ドリブラーの養成を目指す。ネイマール、ロナウジーニョ、ダービッツなど世界屈指の選手たちと共演するとともに、原口元気、乾貴士、齋藤学といった日本代表アタッカーの指導も担う。SNSで配信している動画再生回数は8000万PV以上、Facebookのフォロワー数は約45万人(2018年3月現在)というサッカー界のインフルエンサー。座右の銘は「チャレンジする心」。
柏野 牧夫 / Makio KASHINO [ Website ]
田井中 麻都佳 / Madoka TAINAKA (取材・執筆)
編集・ライター/インタープリター。中央大学法学部法律学科卒。科学技術情報誌『ネイチャーインタフェイス』編集長、文科省科学技術・学術審議会情報科学技術委員会専門委員などを歴任。現在は、大学や研究機関、企業のPR誌、書籍を中心に活動中。分野は、科学・技術、音楽など。専門家の言葉をわかりやすく伝える翻訳者(インタープリター)としての役割を追求している。趣味は歌を歌うことと、四十の手習いで始めたヴァイオリン。大人になってから始めたヴァイオリンの上達を目指して奮闘中。