脳・からだ・こころ -SBS Archive- No.7
身体技能のあくなき上達をめざして(前編)
大人でもスポーツや楽器はうまくなる?
Kazuo OKANOYA & Makio KASHINO
2019.12.11
生物心理学者として、小鳥の歌の進化とその機構などから人間言語の起源について探究されている岡ノ谷一夫さん。研究のモチベーションの一つが、小鳥が練習によって歌を上達させるといった、センサリモータ(sensory-motor=感覚運動)の上達だ。自らも、英語やリュートを学ぶ中で、身体技能を上達させるために、なにが重要なのかを深く考察してきたという。(*こちらの記事は過去に「Hearing X -『聞こえ』の森羅万象へ -」に掲載されたものをアーカイブとして公開しています。)
鳥の鳴き真似のうまい研究者として有名に
—研究領域が近いこともあって、古くから柏野さんとはお知り合いだそうですね。
岡ノ谷: いつからの知り合いなのかわからないほど昔から知っていますね。
柏野: たぶん私が修士の学生だった頃からだと思います。何かのシンポジウムで一緒に登壇したのが最初だったと記憶しています。
岡ノ谷: そうなると僕が上智大学のポスドクだった時代だから、30年以上前になりますね。そもそも聴覚研究者は少ないので、学会のたびに顔を合わせている感じでした。
柏野: ただ、最初の頃は、岡ノ谷さんのことは鳥の鳴き真似がうまい人という認識でした(笑)。イルカの鳴き真似で有名な海洋生物音響学者の赤松友成さんと双璧ですよね。
岡ノ谷: 確かに、鳥の鳴き真似はうまいよね。当時は、パワーポイントなんかなくてOHPを使っていましたから、録音した音声を学会発表の際に再生するなんてことはできなくて、それで自分で鳴き真似していたんですね。そのほうが手っ取り早いし、ウケるし。
柏野: ただ問題は、それが本当に似ているのかどうか、我々には判断できないということで。適当なことをやられても、誰も知らない人のモノマネみたいに、ああそうかと……(笑)。
—霊長類学者の松沢哲郎先生も、チンパンジーの鳴き真似はたいへんお上手ですよね。やはり研究対象のことは、よく観察していらっしゃるから真似もできるということなんでしょうか。
岡ノ谷: チンパンジーは簡単なんですよ(笑)。僕もしばらく練習して松沢先生と互角に渡り合えるくらいにはなりました。要は羞恥心さえなくせば、チンパンジーは真似できる。ちなみに、赤松さんのイルカはうまいね。可聴域のコールと超音波クリック音を同時に出すんですね。あれはかなりテクニックがいります。でも、鳥はさらに技がいります(笑)。
たとえば、こんなふうに♪〜(実演)トリルが入った鳴き真似って、口笛で音を出すだけでなく、唇に指を当てて変調をかける必要があります。ちなみにいまのはカナリアです。キンカチョウの鳴き声は比較的簡単で、キンカチョウがいるところで鳴くと必ず返事をしてくれます。もっとも、キンカチョウの場合は、声は似ていなくても、彼らが発する4kHz周辺のバンドノイズを出せば反応します。そうは言っても、やはりコツはいりますね。
ちなみに、僕が学会発表のたびに鳥の鳴き真似をしていたら、変な学者がいると評判になって、先代の江戸家猫八さんの耳にも入り、ある雑誌で対談したことがあるんですよ。で、猫八さんの前で鳴き真似をしたら、「なかなかいい線いってますね」とお墨付きをもらいました。
その猫八さんですら、僕が長年研究してきたジュウシマツの鳴き真似はやりませんでした。ジュウシマツは8種類ほど音素を持っていて、その組み合わせが複雑で、かつ文法構造を備えているのです。しかもそれぞれの個体がオリジナルソングを持っているので、真似るのは容易ではありません。
真似から始まる上達への道
岡ノ谷: 聴覚研究者は音楽好きが多いけど、柏野さんも歌好きなんでしょ? たまたまNHKの「又吉直樹の『ヘウレーカ』」に出演されているのを見たのだけれど、柏野さんが演歌好きだと聞いて驚きました。しかも、中学生のときに「演歌テスト」っていうものを自作していたって。あれ、傑作だよね(笑)。
柏野: あれは、「知識編」と「応用編」、さらに「実技編」とあって、「《よこはまたそがれ》と《おまえとふたり》を、五木ひろしの変化をよく表すように歌い比べよ」みたいな問題もあるんですね。つまり、初期と中期では歌い方に変化があるということ。それを認識していないと、演歌テストではいい点数は取れません(笑)。まぁ、当時からセンサリモータ(sensory-motor=感覚運動)に興味があったということでしょうか。
—あの演歌テストを受ける人がいたのか、謎なんですけど……(笑)。
柏野: いや、あれは壁新聞みたいなもので、一人か二人か、同級生に無理やりやらせたくらいです。まぁ、完全な自己満足ですね。
岡ノ谷: でも、近い分野の研究者として、センサリモータや動きの型に興味がある、というのはとてもよく理解できるんですね。
じつは私は、若い頃からリュートを弾いているのですが、もうすぐ還暦なのにこのまま素人芸で終わるのは嫌だなと思うようになり、今年から月に1度、先生について習い始めたところなのです。で、先生から最初に教わったのが、こういうふうにリュートを水平に高めに抱え込む弾き方で……。
柏野: あ、それバタヤンですね!
岡ノ谷: そう! バタヤンなのよ(笑)。さすが、演歌が好きなだけあって、よくわかりますね。
柏野: いや、そんなギターの持ち方をする人は田端義夫(バタヤン)だけですから。あの弾き方とオーッスという掛け声で有名な方ですね。
岡ノ谷: で、このバタヤンの構えがなんで大事かというと、こうやって構えて指の腹で弾くと、芯のあるやわらかい音が出せるからなのです。リュートはギターのようにピックでかき鳴らさないので、ギターとは構え方が違う。それを最初に、先生から指摘されて、構えを直されました。
そして、そのバタヤンタッチが無意識にできるようになるまで、構えて、動かして、音を聞いて、動きに対してフィードバックして、という練習を繰り返しやっているのです。最初は5分くらいで疲れてしまいましたが、いまは20分くらい続けてできるようになってきました。
で、ふと、自分も鳥と同じことをしているんだなぁと思ったわけです。小鳥は自分で声を出しながら、それを聞いてモニターしながら修正して上達していくわけですが、リュートの練習もまさに同じです。結局、研究も趣味も、興味は同じだということですね。
米国人に恋をして、英語が驚異的に上達
柏野: そうやって先生についてリュートを習い始めたということは、まだこの歳からでもうまくなりたいと思うわけですよね?
岡ノ谷: なりたいですね。
柏野: 私自身、自分がうまくなりたいというのが研究の一つの大きなモチベーションになっています。いまは、スポーツ脳科学の研究をしていて、その中でプロ野球選手の計測をするだけでなく、私自身、草野球でピッチャーをやっているので、野球がもっとうまくなりたい。演歌ではなくて(笑)。
岡ノ谷: 現実的に考えると、理性的な行動ではないですよね。この歳からうまくなったところで、どうするんだと。
柏野: それはよく言われます。ただ、私の野球も着実に上達しているし、上達することが研究にも役立っています。
岡ノ谷: それはいいことですね。ガンジーも言っているじゃないですか。「明日、死ぬかのように生きよ。永遠に生きるがごとく学べ」って。まぁ、人になんて言われようと、結局、やりたいんだよね(笑)。
それと、やはりリュートの先生に褒められるのが嬉しいんですね。褒められなくても、「違う」と言われるのが減ってくるだけでも嬉しい。同性の先生ですが、先生に対して擬似的な恋愛感情を抱くほどです(笑)。先生のほうも、こんな還暦前のおっさんがうまくなろうが、下手なままだろうが、どうでもいいだろうとは思うけれど、本当に熱心に見てくださって、「いまのは、力抜けていてよかったですね」なんて言ってくれる。「教師アリ学習」のありがたみを実感しています。
柏野: 教師の側からしても、生徒が上達していくことが教えることの一つのモチベーションになるのだと思いますよ。私の場合も、厚木にあるスポーツ脳科学実験棟に計測に来たプロ野球選手が何時間も指導してくれることがあります。なんのメリットもないんだけど……(笑)。
岡ノ谷: こんなおっさんに教えてもね(笑)。でも、教えたら改善されて、うまくなっていくのが面白いんでしょうね。
柏野: 私にしても、教えられる側の気持ちがわかるということが重要なのです。「そんなふうに言われてもできないものはできない」とか、「この人はこういうイメージで投げているのか」とか、さまざまな気づきがあります。
—私自身も大人になってからヴァイオリンを始めて、もちろん上達したいと思っているわけですが、大人から始めた人がどれくらい上達するのか、やはり限界があるのか、気になっています。
岡ノ谷: 上達するものとしないものがあるとは思います。僕のリュートも、若いときにクラシックギターをやっていたことが汎化に効いていると思います。つまり、リュートに近い楽器であるギターをやっていたことで、リュートの習得もしやすくなったというわけですね。
柏野: 私の場合は野球部に入っていた経験はなかったけれど、ずっと好きでキャッチボールをしていましたね。
岡ノ谷: やはり「好きかどうか」というのは重要だと思うんですね。好きという気持ちがあれば、脳の可塑性をある程度、促すことはできると思っています。
—ただ、人間が母語のように言語を獲得するとか、小鳥が鳴き声を習得するというところは、大人になってからではどうしようもないのですよね?
岡ノ谷: それもいろいろなレベルがあると思っています。私はアメリカに5年半ほど留学していたことがあるのですが、それまでとくに英語が好きだったわけではないのだけど、留学して2年目くらいに米国人の女の子を好きになったことがきっかけで、俄然、しゃべれるようになったのです。当然、彼女としゃべりたいですからね。
それが高じて、言語分野の認知科学者で、英語教育に関して著作もある大津幸雄先生に、日本人で英語を上手に使う人ベスト5に選んでいただいたこともあるほどです。
—それはすごいですね。
岡ノ谷: 上達の秘訣は、ある程度、英語がわかるようになってきたら、できるだけ辞書を引かないで文章を読むことです。単語が3割くらいわからなくても文意は取れるし、たくさん読む中でだんだん理解できるようになります。それから、私がやっていたのは、カーペンターズの歌を、歌詞カードを見ないで、同じ音が出せるまでひたすら練習するという方法です。するとある日、突然、「あぁ、ここはこういうことを歌っていたのか」とわかるようになるんですね。
そのうち、夢も英語で見るようになりました。夢に出てきた友達が英語で話しかけてきたときは、僕も随分、英語が上達したなと実感しました。しまいには、ネイティブの指導教員を英語で言い負かすくらいになりました(笑)。しかも私が、文法的には正しいけれど、変な造語の汚い言葉を使ってまくしたてるので、教官が“Give me a break!”と言うほどでした。指導教官のほうは、僕の造語が面白くてしょうがなかったようですけどね。
考えてみると、ここには“fuckin’”は入らないとか、無意識に正しい文法を理解していたので、当時は、文法に関してはまだ可塑性があったということなのかもしれません。今も、文法的に何がおかしいのかはわからないけれど、おかしな英文は感覚的にわかります。
柏野: その上達というのは、センサリモータ的に上手になったということですよね? よく、海外に長くいて、ものすごく流暢にしゃべれるんだけど、発音はカタカナ英語のままという方もいらっしゃいますよね。
岡ノ谷: いますね。私の場合は、センサリモータ的に、つまり発音もネイティブっぽくしゃべれるようになったと思います。そのせいか、英語を流暢にしゃべっていた頃は、顔つきまで日系人っぽくなっていたようです。そんなわけで、アメリカから日本に帰ってきたとき、アパートを借りようと不動産屋を訪れたら、「うちは外国人には貸せないよ」と断られたのです。
柏野: それはすごい……。
岡ノ谷: 確かに、当時のパスポート写真を見ると、口角が上がっていて、アメリカで生まれ育った人のように見えるんですね。英語と日本語では、口の周りの筋肉の使い方が違うからなのでしょうね。
ただ、英語がしゃべれる代わりに、日本語はダメになってしまったので、言語能力の総和は同じなのかもしれません。そして残念ながら、日本に帰ってきてからは、かつてのようには英語を流暢にしゃべれなくなってしまいました。以前は、研究に関してはすべて英語で考えていたけれど、いまは日本語と半々くらい。英語でしゃべる時も、日本語で考えてしまうと言い淀んでしまいます。
技術の上達には、環境と情動が重要なファクターである
—若い頃とはいえ、渡米して5年半でそこまで上達されたというのはすごいことですね。
岡ノ谷: 当時はインターネットも電子メールも何もない時代でしたからね。国際電話も高額でほぼかけられず、まわりに日本人がいないという状況だったからこそ上達できたというのはあると思います。日本語でしゃべりたくてもしゃべれない環境に無理やり置かれていたわけです。
いま、若い人に留学しろ、語学を勉強しろとさかんに言っていますが、ネットがある以上、日本語を完全に遮断することはできませんから、私と同じような状況に身を置くのは難しいでしょうね。ただ、研究者の場合、国際ジャーナルに論文を投稿する必要がありますし、その際に、いちいちネイティブチェックに出すのは効率も悪いし、お金もかかります。やはり研究者として英語の上達は必須ですからね。
—楽器の上達でも、まわりと隔絶したような環境で数年、ひたすら練習すれば、かなりうまくなるものなんでしょうか。
柏野: 期間の問題なのか、質の問題なのか、というのはありますよね。
岡ノ谷: そうですね。語学の場合、単に道具として使っているうちは上達に限界があるのかもしれません。私が恋愛をきっかけに劇的に英語がうまくなったように、ある段階で英語が情動としての言語になった、ということが上達に大きく寄与したと思っています。
柏野: モテたいから練習する、ということが重要だったわけですね。
岡ノ谷: そう。自分が子どもの頃に、『少年マガジン』にフォークギターの通信教育の広告が載っていて、そこに「ギターを弾く僕の姿を、A子さんが熱いまなざしで見つめている」みたいなキャッチコピーが書かれていたんですね(笑)。その広告を見て、「僕はモテたいからギターを弾きたいわけじゃない」と反発して、フォークギターには一切手を出さず、クラシックギターを練習していたわけですが、結局、モテたいという気持ちが重要だったという……。まぁ、できればモテたいよね。
柏野: もっとも、必要性というのも上達の重要なファクターではありますけどね。私自身、アメリカに留学したとき、最初はハンバーガーすらろくに注文できませんでしたが、自分で家を借りなければならないとか、車を買わなければならない、という状況に置かれて、必要に迫られて会話をするうちに、英語が飛躍的に上達したという経験があります。
岡ノ谷: 海外にいれば、語学が使えないことで損をするということが多いですからね。私も最初に留学したときに、ペパロニピザとコーラを注文したところ、出てきたのがチーズピザとミルクで愕然としたことがあります(笑)。しかも、文句一つ言えない。それから、他の人がどうやって注文しているのか必死で見て真似ました。これまで日本で学んでき英語は、現地ではまったく役立たなかったわけです。とくに、ファーストフード店で働いている人ほど、カタカナ英語は通じませんからね。
柏野: ピザやハンバーガーすら注文できないなんて、知能レベルが一気に小学生以下になった気分で、悲しくなりますよね。
岡ノ谷: 実際、ガキっぽくも見えたんでしょうね。だからミルクが出てきてしまった(笑)。いずれにしても、情動とか社会的な圧力が文法を習得するための脳の可塑性を呼び戻すということは大いにあります。もっとも、音韻の学習については、なかなか厳しい。つまりネイティブのように話すというのは、大人になってからではなかなか難しいと思います。
柏野: 音韻のように、もともと情動と結びついている部分については、脳の可塑性を呼び戻すのは困難なのかもしれません。
岡ノ谷: そう思います。もっとも、指導教官を言い負かしていたときは、かなり情動に結びついていたわけですけどね(笑)。
(取材・文=田井中麻都佳)
Profile
生物心理学
栃木県足利市生まれ。慶應義塾大学文学部卒業後、米国メリーランド大学大学院で博士号取得。千葉大学助教授、2004年理化学研究所脳科学総合研究センター生物言語研究チーム・チームリーダー。2008年ERATO情動情報プロジェクト総括を兼任、2010年より東京大学総合文化研究科教授。 小鳥の歌の進化と機構から、人間言語の起源についてのヒントを得る研究で知られている。また、近年では動物とヒトの比較研究から、言語と感情の起源を探っている。
編集・ライター/インタープリター。中央大学法学部法律学科卒。科学技術情報誌『ネイチャーインタフェイス』編集長、文科省科学技術・学術審議会情報科学技術委員会専門委員などを歴任。現在は、大学や研究機関、企業のPR誌、書籍を中心に活動中。分野は、科学・技術、音楽など。専門家の言葉をわかりやすく伝える翻訳者(インタープリター)としての役割を追求している。趣味は歌を歌うことと、四十の手習いで始めたヴァイオリン。大人になってから始めたヴァイオリンの上達を目指して奮闘中。